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「ぴ」と僕のニューヨーク時間
自宅でくつろぐ愛犬「ぴ」 COURTESY SENRI OE
<本誌11月16日号より、大江千里氏による連載コラムがスタート。08年に渡米し、現在はニューヨークを拠点にジャズピアニストとして活躍する大江氏が、日常を綴るコラムを月1回お届けします。初回となる今回は、ニューヨーカーと愛犬についての物語>
1歳の「ぴ」(ダックスフンドの女の子、愛称「ピース」)を連れ、マンハッタンのニュースクール大学ジャズピアノ科に入学したのは2008年1月だった。学校の近くの屋根裏部屋のようなウオークアップ(エレベーターのない建物)の4階に住んだ。前の住人が残したギシギシきしむベッドに寝て、ジャズを知らない僕が朝までピアノと格闘する背中を、ぴはじっとベッドの上から見つめていた。
初めて公園のドッグランに参加した日のことを覚えている。たくさんの犬とじゃれ合うぴを見てパパは心からホッとしたものだがそれもつかの間、彼女の体調がおかしくなる。ぐったりとして血便が出た。慌てて入院させる。なんとほかの犬から疫病をいただいちゃったみたいだった。
2日間抗生物質を入れた点滴をしてやっと元気になったぴは外泊をそれなりに満喫したみたいで、別れ際、先生たちに「Pi(パイ)」と優しく呼ばれ「もうあたし家には帰らないわ」と駄々をこねた。
ニューヨークの街を歩くと犬連れの人たちをよく見掛ける。カフェにいる小柄なユダヤ系の女性の足元でセントバーナードがあくびをしながら座っている。自分を独りぼっちにして店に入っていくひげ面の飼い主の背中をいとおしそうな目で追い掛けるヨーキーを見ると、クスッと抱き締めたくなる。犬を連れている人に会うだけでこの街では胸がキュンと鳴るのだ。
保護犬を引き取る人も多い。前足が1足だけの犬、片方の目だけの犬、補助車輪を後ろ足に着けた犬たちがニコニコ顔でお利口に散歩をする。バレンタインの地下鉄。近所で札付きの若い不良が、「僕はホームレスです。こんな日に皆さんの時間をdisturb(お邪魔)することをお許しください」と、長いまつ毛を瞬かせ一礼をした。帽子には20ドル札が山のようにたまる。彼はホームレスではないのを僕は知っているが、彼が丁寧に一礼すると女性を中心にお金をあげる人が後を絶たず、彼はすっかり味を占めてそれを繰り返すようになった。
そのうち本当のホームレスになった彼は保護犬を連れて道端で寝るようになり、「どうかこの犬の食事代を恵んでください」とキャラ替えしてせびるようになった。だんだん目がうつろになっていき、ふらふらする彼を道の隅っこから見たのは、もう3年以上前のことだ。つぶらな瞳でじっと彼をのぞき込んでいた黒のラブラドールは、あの後どうしたことだろう。
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