コラム

大麻合法化のニューヨークで知っておきたい「暗黙のルール」と、人それぞれの付き合い方

2023年02月01日(水)18時07分

ニューヨークでは吸うのも吸わないのも個人の自由  SENRI OE

<ニューヨークで嗜好用大麻が合法化されたが、この街には以前から「暗黙のルール」が存在した。そして認可済みの販売店が出来た今、大麻を買うのはオリーブオイルを買うのと同じ感覚に?>

「おじちゃん、この匂い何なん?」ニューヨークにやって来た甥が、路上でぷうんと香る甘い匂いに反応した。「これはマリフアナだよ」「ええ? これが?」。甥は驚いていた。身近な場所にマリフアナがあるニューヨークの現状を目の当たりにして、彼はどう感じたのだろうか。

ニューヨーク州が2021年春に嗜好用大麻の使用や所持を合法化したことを受け、マンハッタンに昨年12月末、認可された初の販売店がオープンした。最近は地下鉄に乗れば「カンナビス(大麻、マリフアナのこと)は21歳から。場所をわきまえて」と特大広告が貼ってある。

ああ、ここまできたかと内心思うが、これまでも大麻を吸う吸わないについてとやかく言う人を僕はこの街で見たことがない。違法ではあるが、あくまで個人の自由という風潮があった。

「どう、一服やる?」。そう差し出されると、ありがたくいただく人もいる。もしくは回ってきたJoint(大麻の隠語)を「いや、僕は要らない」と拒否するのも、全くその人の自由だ。

まだ20代だった頃、ロサンゼルスの野外コンサートに行った。会場の最前列で楽曲に酔いしれていると、嗅いだことのないような不思議な匂いが漂ってきた。

やがて横の男から隣へ、そして僕へと、何やら不思議な巻き物が回ってきた。彼らはそれを受け取ると、大事そうに「スーーー」と数回吸い込み静かにゆっくり吐く。そして隣へとそれを回す。

いま思えば大麻だったわけだ。僕は見よう見まねで、吸ったふりをした。それが僕の「大麻」の最初の認識体験。

それ以後さまざまな場所で大麻と出合ってきたが、ある一定の距離を保ちながら生きてきた。吸う友人の多くは自分自身できちんとコントロールしていて、主に寝る前や食後など他人に迷惑がかからない時間帯に自分がリラックスするためだけに静かに用いる。

合法化したからと言って便乗してみだりにやりまくる人が増えるわけでもないだろうと思う。あくまで、吸う人は吸う、吸わない人は吸わない。それは変わらないのではないだろうか。

販売店に大麻が並ぶ現実

ニューヨーク市長には大麻による「経済効果」を優先する目的がある。ニューヨーク州知事は「マリフアナ産業は市だけでも1年で売り上げ約13億ドル、3年で約2万人の雇用が見込まれる」と言う。オーマイガー。

とはいえ依然として米連邦法は大麻所持を禁止。この州では合法でも、州外への持ち出しや州外からの持ち込みは不可。日本では絶対禁止だし、海外に暮らすわれわれも日本人である以上、日本の法律ではやれば罪に問われる場合がある。

だから在ニューヨーク日本国総領事館は「在留邦人は絶対に手を出さないように」とメールなどで厳しく「布教」する。でも現実を見れば販売店もできているわけだし、大麻はオリーブオイルや菜種オイルを買うような感覚に近くなりつつあるのかもしれない。

ただ、もし将来、甥っ子がアメリカに来て万が一にも大麻常習になったら、そのときは「おじちゃんは大麻をやらないけれど、自力で気持ちをアゲたり、リラックスしたりできる人が世の中にいっぱいいることを知ってるよ」と伝えたいと思う。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

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