コラム

環境汚染をめぐって巨大企業との闘う弁護士の実話に基づく物語『ダーク・ウォーターズ』

2021年12月16日(木)18時11分

ウィルバーが暮らすパーカーズバーグはデュポン社に支えられているので、地元の弁護士は誰も彼を相手にしない。ウィルバーは、隣人のなかにたまたまロブの祖母がいたことから、彼女の紹介で事務所を訪ねてきた。しかし、ロブは企業弁護士であり、事務所の同僚のようなエリートなら即座に断ったはずだが、いろいろ遠回りしてきた彼は依頼を受ける。

そして、ひとたび疑問を抱いたら追及をやめない。温厚そうに見えて、大胆なことを当たり前のことのようにやってしまう。デュポン社の弁護士フィルが逃げ回ると、「化学同盟」の晩餐会をチャンスととらえ、妻を同伴して出席する。フィルを見つけると、彼のテーブルに行って、いきなり「開示請求の範囲をすべての廃棄物に広げたい」と切り出す。フィルは激高し、「牛ごときで人生を無駄にするな」と恫喝する。人前で恥をかかされた妻は激怒するが、彼はその程度ではへこまない。

だが、大企業を敵に回したロブに、様々なプレッシャーがのしかかる。開示請求によって事務所に、気の遠くなるほど膨大な内部文書が届けられる。彼はそれをひとりで検証しなければならない。さらに、デュポン社にひとりで乗り込み、CEOに隠蔽の証拠を見せ、証言を録取する。それを終えて駐車場に下りた彼は、緊張と疲労のためおぼつかない足取りで車にたどり着き、キーを挿してエンジンをかけることにも恐怖を覚える。

7万人の集団訴訟は、膨大な血液サンプルで病気との因果関係を証明する検査結果が出るまでに7年もかかる。その間に、面倒を見られなかった家族との関係は悪化し、減給も繰り返され、協力的だった住人たちにも我慢の限界が訪れる。重圧に耐えきれなくなったロブは、痙攣を起こして倒れてしまう。

誰も気づかないうちにすでに世界は汚染されている

そしてもうひとつ、本作で見逃せないのが、ブルーがかった色調に統一された映像だ。それはなにを意味するのか。ヒントは冒頭にある。物語は1998年から始まるが、その前に短いエピソードが盛り込まれている。1975年のパーカーズバーグで、若い男女がビールを持ってフェンスを乗り越え、川で泳ぎだす。するとボートに乗った警備員が現れ、彼らを追い払う。それから隠すようにライトを消して、川に薬品らしきものを散布する。

本作の独特の色調は、誰も気づかないうちにすでにその世界が汚染されていることを暗示している。そして、本作の最後にはこんなメッセージが浮かび上がる。

「PFOAは、ほぼ全ての生物の血液中に存在するとされる。99%の人間の体内にも。PFOA禁止の動きと"永遠の化学物質(フォーエバー・ケミカル)"600種類以上の調査が進む。まだそのほとんどは規制されていない」これは遠い場所の出来事ではなく、誰もがすでにその世界に取り込まれている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story