最新記事
詐欺

「豚の屠殺」と呼ばれる詐欺が拡大中...被害者を非人間扱いする残酷な実態

“PIG BUTCHERING” FRAUD

2025年4月22日(火)16時00分
ジャック・ウィタカー(英サリー大学博士課程)、スルマン・ラザラス(マンハイム犯罪学センター客員研究員)
犯罪組織はSNSを使って「獲物」を闇ビジネスの世界へ誘い込む。求人詐欺の被害者がロマンス詐欺の加害者になるケースも少なくない TERO VESALAINEN/SHUTTERSTOCK

犯罪組織はSNSを使って「獲物」を闇ビジネスの世界へ誘い込む。求人詐欺の被害者がロマンス詐欺の加害者になるケースも少なくない TERO VESALAINEN/SHUTTERSTOCK

<社会的弱者を「人間以下」におとしめて搾取する、冷酷で残忍な手口がアジアで横行する理由>

ネットフリックスのドキュメンタリー『Tinder詐欺師:恋愛は大金を生む』は、出会い系アプリで知り合った女性たちに「融資」を持ちかけて大金をだまし取った詐欺師の話だ。オンラインのロマンス詐欺が被害者にもたらす経済的損害と心理的トラウマの大きさをうかがわせるが、この手の詐欺は単独犯だけでなく犯罪組織の闇ビジネスというケースも少なくない。

比較的新しい手口の1つが俗称「豚の屠殺」だ。中国系犯罪組織「三合会」の関与がささやかれ、豚を太らせてから殺して解体するように、うまい投資話を持ちかけて信用させ、大金を搾り取った末に持ち逃げするという意味らしい。被害者を「非人間化」し、ハンター気取りで犯罪を正当化する心理がうかがえる。


詐欺師は大抵メッセージアプリや出会い系サイトで「獲物」に接触。最初は優しく接して手なずけ(グルーミング)、その後、暗号資産(仮想通貨)取引サイトに投資させる。

実はこれらのサイトも詐欺グループが運営しており、最初は少額の利益が出ていると見せかけ、被害者が引き出せるようにして信用させる。その後、投資額を増やすように勧め、多額の投資をさせた末に巨額の損失が出たように装い、こっそり資金を引き出して行方をくらます。

この手の詐欺の特徴は、加害者自身が求人詐欺の被害者というケースも多い点だ。経済的に弱い立場の人々が、カジノで働くという約束で世界中から東南アジア、多くはカンボジアとミャンマーに送られる。そして大規模なアジトに監禁され、場合によっては1日17時間、詐欺行為を強制されるのだ。

newsweekjp20250422041937-a982ed86dabc73e1d3c8ae26c13236068f09ddb5.jpg

ILLUSTRATION BY FOXYS GRAPHIC/SHUTTERSTOCK (PIG), ILLUSTRATION BY BURBUZIN/SHUTTERSTOCK (CLEAVER)

現代の奴隷制度の撲滅を目指すヒューマニティー・リサーチ・コンサルタンシー(HRC)の2023年のリポートによれば、これらのアジトでは被害者を命令に従わせるため、感電や生き埋め、ハンマーで指を砕くなどの拷問が日常化している。女性はアジト内での売春や、ターゲットとのビデオチャットでモデルに成り済ますことを強制される例も多いという。

東南アジアだけの話ではない。英BBCの昨年8月の調査では、イギリスのマン島でもホテルと元銀行の建物が「豚の屠殺」のアジトとして使われ、中国人約100人が中国人被害者から400万ポンド(約7億6000万円)以上をだまし取っていたことが分かった。

こうした手口を「豚の屠殺」と表現すること自体も、被害者を非人間化する構造を助長している。相手が自分より知的に劣っていると思うと、傷つけてもあまり罪悪感を覚えなくなるのだ。

18年のイギリスの調査と23年のイギリスとナイジェリアの共同調査では、ナイジェリアの歌にもオンライン詐欺の被害者を非人間化する表現が見られた。例えば23年リリースの「デジャブ」という曲には「俺はまだラップトップにかじりついて、ばかなクライアント(被害者)を爆撃(狩り)してる」という意味の歌詞がある。

被害者の人格否定に終止符を

心理学者によれば、人は自分のほうが優れていると考えると相手を平気で傷つけやすくなる。ジェノサイド(集団虐殺)、「インセル」(INCEL、非自発的禁欲、「非モテ」とも言う)思想、人種的マイノリティーや薬物常用者、いじめの被害者への偏見などでは、それが暴力や差別や搾取の形で現れる。オンライン詐欺の場合、非人間化によって被害者への共感が薄れ、加害者は自分を責めずに済む。

相手を人間より劣る「豚」扱いすれば、狩って殺すのも娯楽になる。カナダ人心理学者の故アルバート・バンデューラによると、加害者にとっては非人間化されていない相手ほど虐待しにくく、惨めでやましい気持ちになるという。

非人間化には能動的なものと受動的なものがある。被害者の人間性や知的能力を軽視して動物になぞらえるなど明らかに有害な行動は能動的、無関心や無視から生じるのは受動的な非人間化だ。

オンライン詐欺の加害者が被害者を能動的に非人間化する一方、学界やメディアも「豚の屠殺」という表現を使うことで受動的な非人間化に加担している。どちらも他者の人間性を意図的に無視もしくは無意識に見落としている。

だが研究者やジャーナリストは、被害者の人格を認める「再人間化」を手助けできる。「児童ポルノ」では問題の深刻さが薄れるとして、「児童性的虐待コンテンツ」(CSAM)に表現を変更したのがいい例だ。

問題は「豚の屠殺」に代わる呼称だ。暗号資産のcryptoとロマンス詐欺のromを合わせた「クリプトロム」、より簡潔な「金融グルーミング」......。国際刑事警察機構(インターポール)も呼びかけているように、社会的・文化的・政治的な状況を考慮し、被害者の気持ちに寄り添う正確な表現が必要だ。

The Conversation

Jack M Whittaker, PhD Candidate, Criminology (Cybercrime), University of Surrey and Suleman Lazarus, Visiting Fellow, Mannheim Centre for Criminology, London School of Economics and Political Science

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

自公両党、物価高対策でガソリンの定額引き下げ提言 

ワールド

中国、ローマ教皇死去に哀悼の意

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、26年に2%に=ECB専門家調

ビジネス

米関税、景気後退で業績悪化 企業の5割超が懸念=ジ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボランティアが、職員たちにもたらした「学び」
  • 4
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 5
    遺物「青いコーラン」から未解明の文字を発見...ペー…
  • 6
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 7
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 8
    「アメリカ湾」の次は...中国が激怒、Googleの「西フ…
  • 9
    なぜ? ケイティ・ペリーらの宇宙旅行に「でっち上…
  • 10
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中