コラム

環境汚染をめぐって巨大企業との闘う弁護士の実話に基づく物語『ダーク・ウォーターズ』

2021年12月16日(木)18時11分

巨大企業との闘いに身を投じた弁護士の物語『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

<環境汚染問題をめぐって、ひとりの弁護士が十数年にわたって巨大企業との闘いを繰り広げてきた実話に基づく物語>

『エデンより彼方に』や『キャロル』のトッド・ヘインズ監督の新作『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は、環境汚染問題をめぐってひとりの弁護士が十数年にわたって巨大企業との闘いを繰り広げてきた実話に基づいている。ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたその記事に心を動かされた俳優マーク・ラファロが企画を立て、ヘインズがラファロからのオファーを受けて映画化が実現した。

デュポン社が引き起こした環境汚染問題

物語は1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが、いきなり事務所に乗り込んできた面識もない男ウィルバー・テナントからある調査を依頼されるところから始まる。ウェストバージニア州パーカーズバーグで農場を営む彼は、大手化学メーカー、デュポン社の工場の廃棄物で土地を汚染され、190頭もの牛が変死したと訴える。そこで廃棄物に関する資料開示を裁判所に求めたロブは、資料にあった"PFOA"という謎めいたワードを調べたことをきっかけに、事態の深刻さに気づき始める。

PFOAは、テフロンを作るのに必要な化学物質で、デュポン社はそれが発ガン性のある有害物質であることを知りながら40年間も隠蔽し、大気や土壌を汚染してきた。やがてロブは7万人の住民を原告団とする一大集団訴訟に踏みきる。しかし強大な権力と資金力を誇る巨大企業との法廷闘争は、真実を追い求めるロブを窮地に陥れていく。

このデュポン社の環境汚染問題については、本作の1年前に、ステファニー・ソーティグとジェレミー・サイファートが監督した『The Devils We Know』というドキュメンタリーも作られている。そこには、デュポン社のCEOや研究者、弁護士、元従業員、被害者、調査報道記者などが登場し、PFOAの危険性、隠蔽の実態、被害者のその後などが描き出される。被害者のひとり、母親が妊娠中にテフロンの製造工場で働いていて、鼻孔がひとつで目が変形して生まれてきたバッキー・ベイリーは、本作にもワンシーンだけ登場している。

当然、ロブへのインタビューも盛り込まれ、開示請求で入手した内部文書から明らかになった事実などについて語っているが、彼に割かれる時間は決して長いとはいえない。2作品を対比してみると、本作には、ロブを軸に展開するからこそ見えてくるような緊迫したドラマがあることがよくわかる。ヘインズ監督の関心も、そこにあるように思える。

大企業を敵に回し、様々なプレッシャーがのしかかる

ここで振り返ってみたいのは、彼が95年に監督した『SAFE』のことだ。化学物質過敏症を扱う本作では、87年、ロサンゼルスの高級住宅地で裕福な生活を送る主婦が、日常のなかで突然、吐き気やめまい、パニック症状などに襲われるようになり、化学物質が蔓延する世界のなかで追いつめられていく。

だがヘインズは、別な角度からも彼女の心理を掘り下げている。夕食の席で彼女の息子が、学校の課題でインナーシティのギャングのことを書いたと話すと、彼女は怯えた表情を見せる。寝つけないので、庭で夜風にあたっていると、見回りの警官から異常がないか声をかけられる。彼女はそのことによって、むしろ落ち着かない気持ちになる。郊外は安全なはずだが、想像が膨らみ、不安を抑えられなくなる。彼女を追いつめるのは化学物質過敏症だけではない。

本作のロブも思わぬかたちで様々なプレッシャーにさらされ、追いつめられていく。だが、その前に注目しておかなければならないのが、めぐりあわせとロブの興味深い人物像だ。この物語には、ロブとウィルバーが出会わなかったら、問題はどうなっていたのかと思いたくなるようなめぐりあわせがある。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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