コラム

闇くじに翻弄される人々、ベトナム社会の闇をあぶり出す『走れロム』

2021年07月12日(月)11時00分

ベトナムの闇くじの二桁の数字の魔力が希望を奪う......  (C)2019 HK FILM All Rights Reserved

<ベトナムの労働者階級が熱中する「デー」という闇くじの魔力に翻弄される人々の姿を浮き彫りにする>

ベトナムの新鋭チャン・タン・フイ監督の長編デビュー作『走れロム』では、たった二桁の数字の魔力に翻弄される人々の姿をブラックユーモアも交えた独特の表現で浮き彫りにすることで、ベトナム社会の闇が炙り出されていく。

二桁の数字とは、労働者階級が熱中しているデーという闇くじのことを意味する。毎日公表される政府公認宝くじの当選番号のうち、下二桁だけを当てるという単純なルールなので、確率は悪くなく、当たれば大金が得られる。

数字にとり憑かれたサイゴンの少年

物語は、サイゴンの裏町にある古い集合住宅、その屋根裏に暮らす孤児の少年ロムのモノローグから始まる。彼がいかに数字にとり憑かれているのかは、生活空間を見ればすぐにわかる。壁には数字を刻んだプレートが打ち付けられ、屋根の上には、トランプのカードを輪ゴムでとめた空き缶が並んでいる。

この導入部の主人公ロムのモノローグとそれに合わせて挿入される映像は、ドラマの登場人物やデーの仕組み、そしてデーに対する奇妙な熱狂などを紹介する役割も果たすが、それをどうとらえるかによって、本作が切り拓く世界の深みも変わってくるように思う。

本作の出発点は、フイ監督が大学の卒業制作として作った短編『16:30』(12)にあり、主人公が同じであるだけでなく、本作に短篇の一部が挿入されるなど、深い繋がりがある。そんな二作を比較してみると、デーが持つ意味や重みがまったく違うことがわかる。

短篇のタイトルは、公認宝くじの当選番号が公表される時間を意味する。結果が出るとそれをまとめたゾー(当選番号票)がコピーされる。走り屋である主人公は、運ばれてきたゾーを買い、結果を心待ちにする人々にいち早く届けるために、3人組のライバルと激しい駆け引きを繰り広げる。フイ監督は、そんな彼らを追うことで、裏町とそこに暮らす人々をドキュメンタリーのように映し出し、さらに、駆け引きの間に変化する少年たちの心理を巧みに描き出している。

本作にはその短篇の設定や視点が引き継がれている。走り屋にして数字の予想屋にもなったロムには、フックという野心的で狡猾なライバルがいて、彼らは壮絶な衝突を繰り返す。手持ちカメラを駆使することで圧倒的な疾走感を生み出し、ドキュメンタリー的なアプローチもその視野を広げ、著しい格差を映し出す。

生活や思考にまで浸透している闇くじ

短篇からスケールアップしたそうした部分が、本作の大きな見所であることは間違いないが、決してそれだけの映画ではない。そこであらためて注目したいのが、登場人物たちとデーの関係だ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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