コラム

描かれるアパレル帝国の闇 『グリード ファストファッション帝国の真実』

2021年06月18日(金)15時30分

『グリード ファストファッション帝国の真実』

<人気ブランドTOPSHOPを擁しながら2020年に経営破綻した英アルカディア・グループのオーナー、フィリップ・グリーンにインスパイアされたブラック・コメディ>

イギリス映画界で異彩を放ち続けるマイケル・ウィンターボトム監督の新作『グリード ファストファッション帝国の真実』は、人気ブランドTOPSHOPを擁しながら2020年に経営破綻した英アルカディア・グループのオーナー、フィリップ・グリーンにインスパイアされたブラック・コメディだ。

ファストファッション・ブランドの経営者の誕生パーティ

舞台となるのはギリシャのミコノス島。美しいリゾート地では、ファストファッション・ブランドの経営者として途方もない成功を収めた大富豪リチャード・マクリディ卿の60歳の誕生日を祝う盛大なパーティの準備が進められている。パーティのモチーフは古代ローマ帝国で、映画『グラディエーター』を再現する円形闘技場の突貫工事の真っ最中だ。

物語は、パーティ本番の5日前から始まり、クライマックスに向かって問題が次々に発生していく。工事現場では、ギリシャ人の親方と安い賃金で雇われたブルガリア人労働者の意思疎通がとれず、作業がはかどらない。剣闘ショーのために調達されたライオンはネコのようにおとなしい。目の前のビーチでは、シリア難民がキャンプをしている。

会場には、マクリディの家族やスタッフが集結するが、そのなかでも重要な役割を果たすのが、マクリディの伝記を執筆するために雇われた作家ニックだ。彼はこれまでに、マクリディの母親や元妻、元同僚や金融担当記者など関係者への取材を重ね、供給元であるアジアの縫製工場も訪れていた。私たちはドラマに挿入されるそうしたニックの活動を通して、マクリディが、アジアの女性労働者たちから搾取し、買収した企業から資産を剥奪する手口を知ることになる。

そのマクリディは、パーティの3カ月前に、ニックも傍聴する議会特別委員会に召喚され、これまでのビジネスの実態や疑惑を追及され、失墜しかけている。つまり、古代ローマ帝国をモチーフにした盛大なパーティには、失地回復の思惑が込められている。それは果たして成功するのか。

ウィンターボトムは、このような構成によって、マクリディの表と裏の顔を描き出そうとしているだけではない。そこには、独自の視点と表現が巧妙に埋め込まれている。そのキーワードになるのは「手品」だ。

「硬貨は戻らない。手品と悲劇は紙一重なんだ」

筆者がまず注目したいのは、1973年、マクリディの学生時代のエピソードだ。マクリディは手品を見せるために級友から硬貨を借りる。握った手を開くと硬貨は消え、呪文で消えた硬貨が戻るというが、実際には戻らない。そのとき彼は、「残念だ。硬貨は戻らない。手品と悲劇は紙一重なんだ」と語る。

それは短く、些細なエピソードのように見えるが、このドラマで起こっていることはその言葉に集約することができるだろう。

たとえば、ニックが取材した金融担当記者は、マクリディの資産剥奪や税金逃れのからくりを説明したあとで、「彼は手品が得意。客の目を欺くのが手品だ。タネから目をそらさせる。配当金でも同じ手を」と語る。

パーティで『グラディエーター』を再現することもマクリディにとっては手品といえる。円形闘技場の現場で働いていたブルガリア人たちは、工事の途中でもっと賃金がいい仕事に乗り換えてしまう。そのときマクリディはどうするか。ビーチでキャンプしているシリア難民に賭けを持ちかけ、トランプのトリックで彼らをはめ、労働者として雇い、古代ローマ時代の奴隷の衣装を着せ、工事を続行する。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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