コラム

ポーランドで過去を偽り聖職者となった青年の実話に心揺さぶられる『聖なる犯罪者』

2021年01月14日(木)16時30分

立ち寄った村の教会でふと「俺が司祭だ」と嘘をついた...... 『聖なる犯罪者』

<少年院を仮退院したばかりの青年が、立ち寄った村で司祭になりすましていた...... 。ポーランドで起きた実話もとに描くヒューマンミステリー>

ポーランド出身のヤン・コマサ監督にとって3作目の長編になる『聖なる犯罪者』は、ポーランドで19歳ぐらいの若者が3か月間神父になりすましていた実話にインスパイアされた作品だ。

暴力やいじめが横行する少年院で、ミサのためにそこを訪れるトマシュ神父の信頼を得たダニエルは、神父になる夢を抱くが、前科者は神父になれないと諭される。

仮退院したダニエルは、遠く離れた田舎の村にある製材所で働くはずだったが、村の教会に立ち寄ったときに新しく来た神父と間違われる。しかも、その教会の司祭が療養のために村を離れることになり、代理を任されてしまう。村の住人たちは最初は戸惑うが、彼の飾らない人柄に好感を持ち、教会に活気が生まれる。

ダニエルは、住人たちが一年前に起こった交通事故の悲劇から立ち直れずに苦しんでいることに気づく。その事故では7人の命が奪われたが、十分な証拠もないまま一方の車の運転手ひとりに責任があるとみなされ、遺された運転手の妻が村八分のような扱いを受けていた。ダニエルは事故の真相を究明し、問題を解決するために奔走するが、そんな彼の前にかつて同じ少年院にいて、いまは製材所で働く若者が現れ、追い詰められていくことになる。

聖と俗をめぐるエキセントリックな演技

この題材は扱い方次第ではコメディになってもおかしくない。実際、導入部には滑稽さも漂う。どこで調達したのか司祭服を所持するダニエルを神父だと思い込むのは、たまたま教会に居合わせた少女マルタだが、それも仕方がないだろう。村外からやって来るのは、製材所で働く人間ばかりで、他に考えられるのは神父くらいのものなのだ。

そのマルタの母親リディアが教会の管理人だったため、あっさり聖具室に通され、着替えるようにいわれたダニエルは、まずいことになったと思い、逃げ出そうとするが、窓はびくともしない。翌日の告解でいきなり司祭の代役を務めることになった彼は、スマホで告解の手引きを盗み見ながら対応する。

だが、滑稽さを感じるのは一瞬であり、すぐに異様な緊張をはらむドラマに変わる。主演のバルトシュ・ビィエレニアの聖と俗をめぐるエキセントリックな演技は強烈な印象を残す。コマサ監督は、激しい暴力描写も盛り込みつつ、独特の間を生かした抑制された演出で、それぞれに問題を抱える登場人物たちの複雑な心理を炙り出していく。

脚本を手がけたマテウシュ・パツェヴィチが、土台となる実話に付け加えた交通事故のエピソードが持つ意味も大きい。ダニエルの立場と事故の悲劇には深い結びつきがある。ダニエルは、第2級殺人罪で少年院に送られ、神父になる夢を絶たれているだけでなく、殺した男の兄に命を狙われている。事故の原因を一方的に亡夫のせいにされ、憎しみや怒りに満ちた手紙を遺族から送りつけられ、遺骨の埋葬も許されない未亡人は、そんなダニエルと近い立場にある。

だから彼は、自分を救おうとするかのように事故にのめり込んでいく。神父と間違われたときに、咄嗟に「トマシュ」を名乗り、少年院で見ていた神父を模倣していたダニエルは、そのことによってトマシュ神父を超え、変容を遂げていく。

こうした演技、演出、構成は、ダニエルの変容を際立たせていくが、本作の魅力はそれだけではない。ダニエルが事故に関わることで、さらに奥深い世界が切り拓かれていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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