コラム

シリア・アレッポで母はカメラを回し続けた『娘は戦場で生まれた』

2020年02月28日(金)17時15分

母は、命がけでカメラを回し続けた ...... 『娘は戦場で生まれた』  (C)Channel 4 Television Corporation MMXIX

<ジャーナリストに憧れる大学生だった彼女が、スマートフォンで民主化を求める抗議活動を撮影し始めたことが、やがて多様な側面を持つ衝撃的なドキュメンタリーに発展していく ......>

シリア最大の都市アレッポでは、いまも出口が見えない内戦によって多くの市民が犠牲になった。そのアレッポを舞台にしたワアド・アルカティーブ監督『娘は戦場で生まれた』では、ジャーナリストに憧れる大学生だった彼女が、スマートフォンで民主化を求める抗議活動を撮影し始めたことが、やがて多様な側面を持つ衝撃的なドキュメンタリーに発展していく。

医師と結婚、病院は市民の戦いの最前線になった

その冒頭では、18歳だった10年前のワアドの写真が映し出され、「両親はいつも私に言った。"お前は頑固で無鉄砲だから気をつけろ"と。その意味が分かったのは、娘ができてからだった」という彼女自身のナレーションがかぶさる。

そこで映像はまだ幼い娘サマのアップに切り替わり、ワアドが子守唄を聞かせる。外では戦闘機の爆音が響き、「早く下へ」という指示が飛び、彼女はサマを仲間に託して、カメラを回しながら移動する。裏の建物が破壊され、粉塵が目の前の通路に流れ込む。激しく揺れるカメラが、地下に避難して身を寄せ合う人々やそこに収容されている負傷者たちの姿を映し出す。

そんな導入部から時間をさかのぼり、その間の空白が埋められていく。次第に内戦が激化していく状況を記録するようになったワアドは、行動をともにしていた医師で活動家のハムザと恋に落ちる。ふたりは結婚し、サマを授かった。本作では、彼らの関係が、多様な視点に繋がっていく。

ハムザは東アレッポに残った32人の医師のひとりだった。空爆では病院も標的になり、8つの病院が破壊された。ハムザが働く病院も破壊され、サマの心音を最初に調べた医師を含め、仲間たちが犠牲になる。しかしそれを嘆く暇もなく、残された医師たちは、地図にない建物を病院に改造する。その最後の砦には、毎日おびただしい数の患者が運び込まれる。

病院は市民の戦いの最前線になり、私たちはその現場を目撃することになる。床には血まみれの子供や大人が横たわる。弟を亡くした少年は放心して立ち尽くす。病院に駆けつけた母親は、息子の死体を抱えたまま街を彷徨う。悲劇ばかりではない。負傷した妊婦から帝王切開で取り上げたものの、絶望的と思われた赤ん坊が、奇跡的に蘇生する瞬間などもとらえられている。

反体制派の蜂起から内戦、そしてアレッポ陥落

本作では、2012年から2016年までの映像が、時間軸を前後させつつ再構成され、平和的な抗議活動が、武装した反体制派の蜂起によって内戦へと移行し、アレッポ陥落に至るまでの変遷をたどるクロニクルにもなっている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story