コラム

あの太地町から「捕鯨論争」に新たな光を当てる 映画『おクジラさま』

2017年08月31日(木)17時30分

(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム

<ドキュメンタリー『ザ・コーヴ』によって世界の注目を浴び、激しい批判にさらされた和歌山県の太地町。ニューヨーク在住の女性監督が、長期間にわたってその太地町で取材・撮影を行い「捕鯨論争」に新たな光を当てる>

イルカの追い込み漁を行っている和歌山県の太地町は、アカデミー賞にも輝いたルイ・シホヨス監督のドキュメンタリー『ザ・コーヴ』(09)によって世界の注目を浴び、激しい批判にさらされた。この映画は日本でも論争を巻き起こしたので、説明の必要はないだろう。『おクジラさま ふたつの正義の物語』は、ニューヨーク在住の女性監督・佐々木芽生が、長期間にわたってその太地町で取材・撮影を行い、作り上げたドキュメンタリーだ。

この映画では、佐々木監督が映画制作の過程で出会ったアメリカ人ジャーナリスト、ジェイ・アラバスターが案内人になる。中立の立場で取材や撮影を進めるアラバスターと監督は、二人三脚で多くの人に会い、様々な視点を引き出していく。

大きなメディア論争の象徴となってしまった太地町

そのなかでまず注目したいのは、アラバスター自身の視点だ。彼は、「太地町が、大きなメディア論争の象徴となってしまったことに、誰かが気づくべきだ」と語る。シーシェパードのような団体はメディアを駆使する。追い込み漁を監視するツイッターのアカウントは数秒、数十秒ごとに情報が更新され、写真やビデオがネットに拡散していく。

映画には、高台からイルカ漁を撮影しながら、「この殺人者たちは動物の命をなんとも思わないのです」とコメントするシーシェパードの女性の姿が映し出される。これに対して、太地のHPの更新は年に一回程度だという。その結果、欧米のメディアが取材するときには保護団体が情報源になる。

そんな図式から筆者が思い出すのは、文化人類学者ジャニス・S・ヘンケが書いた『あざらし戦争――環境保護団体の内幕』のことだ。85年に出版されたノンフィクションだが、示唆に富み参考になる。

本書では、カナダのあざらし猟に抗議する環境保護運動の内情が掘り下げられている。この運動で大きな役割を果たしたのが、国際動物福祉基金(IFAW)の代表であるブライアン・デイビスだ。彼が運動を始めるきっかけは、テレビ放映されたあざらし猟に関する映画だった。そこには、やらせや誤解を招く表現が含まれていたが、後に誤りが公表されても漁の調査と正確な観察報告が行われても、イメージは一人歩きしていった。

デイビスはその映画に感銘を受けただけでなく、大衆に与えた絶大な効果に注目し、あざらしが死ぬところを見せれば、大衆が必ずついてくると確信した。そこで国際的なマスコミを総動員して残酷さに焦点をあて、抗議の嵐を巻き起こし、団体には多額の基金が寄せられた。著者ヘンケは、デイビスが生み出した影響力を以下のようにまとめている。


「一般大衆にとって、どんなに真剣な動物資源の科学的調査でも、動物が残酷な方法で捕獲されていると繰り返し述べられる主張に匹敵するほどの意味は決してもちえない。捕獲の方法ばかりでなく、捕獲の事実だけでも、抗議運動を進める格好の材料となる。われわれは、アメリカの「海洋哺乳類保護法」およびヨーロッパの毛皮禁止に影響を与えたデイビスの先例を無視するわけにはいかない。一方的な『人道主義的』目的に対して、献金する人々が存在する限り、彼が発生させた種類の影響力が姿を消すことは決してないであろう」

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story