コラム

アムステルダムから50キロ、45年で再野生化した放棄干拓地がある

2016年10月24日(月)16時00分

『あたらしい野生の地―リワイルディング』

<アムステルダムからわずか50キロの干拓事業の失敗で放置された土地に、わずか45年で自然はあたらしい命を育み、野生の楽園を築きあげていた。この「あたらしい野生の地」をめぐるドキュメンタリー>

放棄された土地が浮き彫りにする自然の回復力

 オランダで70万人を動員したというマルク・フェルケルク監督『あたらしい野生の地―リワイルディング』(13)は、オランダにある6000ヘクタール程の自然保護区「オーストファールテルスプラッセン」を題材にした異色のドキュメンタリーだ。この映画がどう異色なのかは、冒頭に浮かび上がる短い前置きから察せられるだろう。

 「オランダの首都アムステルダムからわずか50km、1968年に着手された干拓計画が失敗し、そのまま、放棄された土地がありました。これは、忘れられた土地の45年後の姿です」

 かつて海の底だった人工の土地には、草原や湿地が広がっている。野生馬コニックやアカシカが群れをなし、キツネがハイイロガンの雛を狙い、オジロワシが空を舞い、カワセミが垂直降下して魚をとる。大都市の近くにこのような野生の世界が存在していることにまず驚かされる。

 映画は春から始まり、四季を通した風景や環境の変化と自然の掟に従う生き物の営みが鮮やかに映し出されていく。そこではふたつの要素が際立つ。

 ひとつは、「すべてが繋がっていて、なにも無駄にならない」というナレーションで表現される循環だ。コニックの糞にはフンバエが集まって産卵し、セキレイがそのフンバエを餌にする。浅瀬で産卵し、水位が下がって戻れなくなったコイや衰弱して倒れたシカには、ネズミやワタリガラス、キツネが集まり、湧いたウジを鳥がついばむ。

 もうひとつは、厳しい気候のなかでのサバイバルだ。この土地は、冬は雪と氷に覆われる。野生馬コニックは、食料が尽きる冬に備えて草を食べ、脂肪をたくわえ、70キロもふとるという。そして十分に脂肪をたくわえられなかったものは、冬の間に力尽きていく。

 この映画は、自然の回復力を浮き彫りにするが、そこで重要な位置を占めているのが、"リワイルディング(再野生化)"というアイデアだ。これは、一度自然界で絶滅した動物種を、ふたたびその土地に放ち、失われた生態系を取り戻そうとする試みだ。

 オーストファールテルスプラッセンにおけるリワイルディングで主導的な役割を果たしたのは、フランス・ヴェラという生態学者だった。70年代後半、まだ大学を出たばかりの彼は、10年間放置されていたこの干拓地にハイイロガンが飛来し、湿地に生息するようになったという記事を読んで関心を持ち、その土地を保護区にする構想を持つ。

 その後、政府のために働くようになった彼は、絶滅した大型草食動物を復活させることができれば、自然が自らの力で回復していくと考えるようになる。そして、家畜牛の祖先で、かつてドイツで復元が試みられたオーロックス、絶滅した野生馬ターパンの近縁種であるコニック、アカシカなどを、ドイツ、ポーランド、スコットランドなどから購入し、干拓地に放った。その動物たちは土地に適応し、繁殖していった。さらに、キツネ、ネズミ科のマスクラット、ノスリ、オオタカ、アオサギ、カワセミなど、様々な動物たちがそこに棲みつくようになった。

 この映画に映し出される豊かな自然を目にすれば、その試みは成功しているように見えるが、現実はそれほど単純ではない。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀、金利4.75%に据え置き 3委員は利下げを

ビジネス

ノルウェー中銀金利据え置き、来年3回の利下げ想定 

ワールド

ガザ空爆で13人死亡、停戦合意へ調停続く

ワールド

プーチン大統領阻止へ米欧は結束を、ウクライナ大統領
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 2
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 3
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 4
    遠距離から超速で標的に到達、ウクライナの新型「ヘ…
  • 5
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 6
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 7
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 8
    「制御不能」な災、黒煙に覆われた空...ロシア石油施…
  • 9
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 10
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 1
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式多連装ロケットシステム「BM-21グラート」をHIMARSで撃破の瞬間
  • 2
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いするかで「健康改善できる可能性」の研究
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 8
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 9
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 10
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story