スリランカ難民がたどり着いたパリ郊外の団地に、戦場を再現する『ディーパンの闘い』
内戦下のスリランカを逃れ、フランスに入国するため、赤の他人の女と少女とともに家族を装う元兵士。辛うじて難民審査を通り抜けたパリ郊外の集合団地に移り住んだが・・。(C)2015 WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE114 - FRANCE 2 CINEMA
多民族国家スリランカでは、多数派のシンハラ人と少数派のタミル人の間に深刻な対立があり、1983年から2009年にかけてスリランカ政府と分離独立を標榜する「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」による内戦が繰り広げられた。
カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いたジャック・オディアール監督の『ディーパンの闘い』は、内戦末期のスリランカから始まる。主人公は、内戦のなかで妻子を亡くし、戦いから身を引く決心をしたLTTEの闘士。彼は海外渡航の斡旋所で、親戚が暮らすイギリスに渡ることを望む女と母親を亡くした少女と引き合わされ、偽装家族に仕立てられる。
父ディーパン、母ヤリニ、娘イラヤルとなった一家はフランスにたどり着く。そこで辛うじて審査を通った彼らは、パリ郊外にある低所得者向けの団地に移り住む。ディーパンは団地の管理人になり、ヤリニは家政婦の職を見つけ、イラヤルは小学校に通う。彼らの間には次第に家族のような感情が芽生えるようになるが、そこに暗雲が漂う。団地には麻薬密売グループの拠点があり、抗争が激化していく。
現代社会が反映されているが、リアリズムではない
この映画には現代社会が反映されているが、オディアールはリサーチとリアリズムでそれを掘り下げようとしているわけではない。その一方で、ジャンル映画に愛着を持つオディアールが、内なる暴力性がむき出しになる『わらの犬』や『タクシードライバー』、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』といった作品を意識していることは間違いないが、そんな美学を究めようとしているわけでもない。
オディアールは、主人公の変容(通過儀礼といってもいい)を浮き彫りにするような象徴的な物語を埋め込み、独自の世界を切り拓く。それがよく表れているのが、彼の代表作『預言者』だ。この映画では、傷害罪で服役したアラブ系の19歳の若者マリクが、刑務所内の勢力争いに巻き込まれ、処世術を身につけ、地位を築く姿が描かれる。そんな主人公には、タイトルが示唆するように、預言者ムハンマドが重ねられている。
ムハンマドはビザンチン帝国とササン朝ペルシアという二大帝国が拮抗する情勢のなかで、孤児としてメッカに生まれ、天使ジブリール(ガブリエル)から啓示を受け、アラビア半島を統一していく。一方、無学で身寄りもないマリクは、コルシカ系とアラブ系のグループが対立する刑務所のなかで、自分が生き残るためにアラブ系の囚人の命を奪い、彼の前に現われたその囚人の幻影から啓示を受け、刑務所の内外に影響力を広げていくのだ。
内戦下スリランカとパリ郊外の団地で作られた「発砲禁止地域」
『ディーパンの闘い』には、そこまで大胆なアプローチは見られないが、やはりリアリズムとは一線を画す象徴的な物語が埋め込まれている。この企画の出発点になったのは、スリランカ内戦の最後の138日間に戦場でなにが起きていたのかを明らかにしたカラム・マクレー監督のドキュメンタリー『No Fire Zone: The Killing Fields of Sri Lanka』だ。
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