コラム

スリランカ難民がたどり着いたパリ郊外の団地に、戦場を再現する『ディーパンの闘い』

2016年02月05日(金)16時40分

 LTTEが支配していたスリランカ北東部では、政府軍による包囲網が狭められていく過程で、非道な殺戮が行われていた。たとえば、政府は映画のタイトルにもなっている「発砲禁止地域」を3回にわたって通告し、そこに民間人を誘導したが、政府軍はその地域への攻撃を続けた。この映画は、加害者や生存者が携帯や小型カメラで撮影した写真や映像で構成され、目を背けたくなるような光景が延々と映し出される。しかし、多くの犠牲者が出た責任はLTTE側にもある。民間人が彼らの支配地域の外に出るのを力で阻止し、人間の盾として利用しようとしたからだ。

オディアール監督は団地という空間に内戦の戦場を巧みに再現する。ディーパンがその戦場に踏み出すことは、彼が生まれ変わり、深い溝を乗り越えるための儀式になる。
.

 『ディーパンの闘い』は、そんな悲劇からまったく異なる物語へと発展したように見えるが、決して無関係ではない。ディーパンとヤリニは、孤独ゆえにお互いの距離を縮めていくが、LTTEの闘士と民間人の間にある深い溝はそう簡単に埋めることはできない。だから、麻薬密売グループ同士が繰り広げる銃撃戦に巻き込まれかけたヤリニは、ディーパンとイラヤルを置き去りにして、ひとりで親戚がいるイギリスに旅立とうとする。

通過儀礼といってもいい象徴的な変容の物語

 そして、その後の展開が象徴的な意味を持つ。ディーパンは逃げ出したヤリニを力ずくで連れ戻す。さらに、団地を仕切ろうとする麻薬密売グループに挑む姿勢を見せ、自分たちが住む棟と彼らの棟の間に石灰で白線を引き、「発砲禁止地域」を宣言する。だが、抗争を繰り広げる連中がそれを守るはずもない。ディーパンがヤリニを連れ戻した責任は重いものになる。

 この映画では、ディーパンは、単に自分が愛する者の命が脅かされたために、内なる暴力性をむき出しにするのではない。オディアールは団地という空間に内戦の戦場を巧みに再現する。ディーパンがその戦場に踏み出すことは、彼が生まれ変わり、深い溝を乗り越えるための儀式になる。

 この映画の結末、3人の主人公の運命に違和感を覚える向きもあるようだが、それはすべてをリアリズムとして受け止めるからだろう。象徴的な変容の物語として見るなら、結末も自然なものになるはずだ。


●映画情報
『ディーパンの闘い』
監督:ジャック・オディアール
公開:2月12日 TOHOシネマズ シャンテほか
(C)2015 WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE114 - FRANCE 2 CINEMA


プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、イランとの協議順調 紛争費用負担でアラブ諸国に

ワールド

米、ベネズエラ大使館を再開 外交関係の再構築が進展

ビジネス

ECB、「インフレ期待が漂流」なら迅速に対応=ギリ

ワールド

トルコ領空にイラン発射の弾道ミサイル、NATO迎撃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思われるドローンの攻撃を受け大炎上
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 6
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 7
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 8
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 9
    【銘柄】東京電力にNTT、JT...物価高とイラン情勢に…
  • 10
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 4
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 5
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 6
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 7
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 8
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 9
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 10
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story