コラム

フィリピン次期大統領ドゥテルテ氏、意外に深い華人とのつながり

2016年05月10日(火)15時45分

 また、フィリピンの華人は、現地との融合度が高い。マレーシア、インドネシアは、もとの英国統治時代の分離統治の伝統に加え、宗教の関係もあって融合が進まないが、タイでは同じ仏教信仰という部分もあり、現地社会との融合はアジアでは最も進んでいる方だ。フィリピンもタイに次ぐ形で融合が進んでいる。カトリックの開放的な性格もあって多くの華人がカトリックに改宗していて、通婚も普通に行われており、「華人問題」というくくりではなかなか論じにくいところがある。

nojima160510-b.jpg

ダバオ市のチャイナタウンに貼ってあったドゥテルテ氏のポスター(筆者撮影)

 戦後、同じ西側陣営の一員としてともに反共を掲げたフィリピンと台湾は、親密な関係を結んだ。フィリピン華人に対する台湾の影響力は強く、その名残は、いまもフィリピンの華人向け学校に「中正学院」という名前の学校があることにもうかがえる(「中正」とは蒋介石の本名で、台湾には「中正大学」という大学もある)。使っている文字も、マレーシアやシンガポールと違っていまも台湾の繁体字である。

 フィリピンはマルコス時代の1975年に台湾と断交し、中華人民共和国と国交を結んだ。その前後、マルコス大統領(当時)はフィリピン生まれの華人に対して、ほかのフィリピン人たちと同等の国民待遇を与える法律を制定した。そのため、いまでも年齢層の高い華人の間ではマルコス氏への思い入れがあり、マルコス同情論は根強い。今回の選挙では、マルコス氏の長男である副大統領候補のフェルディナンド・マルコス上院議員に入れた華人も多かっただろう(フィリピンでは大統領選と別に副大統領選の投票が行われるが、フェルディナンド・マルコス氏とレニ・ロブレド下院議員の大接戦となっている。10日正午時点でまだ結果は出ていない)。

腐敗・犯罪への取り締まりに華人社会は期待

 今回、華人社会の世論が総じてドゥテルテ氏に好意的だった理由はいくつかある。フィリピンにおける華人研究の第一人者であり、同国の華字紙「世界日報」のコラムニストである呉文煥氏に聞いたところ、ドゥテルテ氏が掲げる腐敗や犯罪への取り締まりは、華人社会が常に歴代政府に強く願いながら十分に叶わなかった部分であり、アキノ現政権でも、治安や腐敗の問題は大きな改善がなかった、という認識が華人の間にはあるという。また、中国との対立を辞さないアキノ大統領の姿勢は、中国に対して「愛国」や「祖国」という意識を持っており、中国との良好な関係を心理的に期待する華人の政治的習性からすれば、決して好ましいものではない。一方、中国に対して対話を排除しないとしているドゥテルテ氏に期待感を持つのは自然だ。

【参考記事】フィリピン、中国との領有権争いの切り札は

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story