オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点
トランプやバノンのこれまでの言動が示すように、彼らオルト・ライト派もまた、「グローバル化の進展によって、アメリカの労働者は損失を被り、アジアの新興諸国はその犠牲によって豊かになった」といった、ゼロ・サム的な国際競争主義の世界観を色濃く持っている。
そして、第1期クリントン時代のアメリカが、GATTおよびWTOのような多角主義的通商枠組みをしばしば無視し、二国間主義(Bilateralism)や一方主義(Unilateralism)に傾きがちだったのと同様に、トランプ政権もまた、TPPのような多角的協定を忌避し、二国間の「ディール」を対外通商政策の基本戦略に据えようとしているのである。
経済学者的な観点からいえば、このオルト・ライト派の世界経済像は、全体から切り離された現実の一断片を、きわめて歪められたかたちで描写したものにすぎない。確かに、アメリカのかつての工業地帯が現在ではラストベルトと呼ばれるまでに衰退したのは、東アジアを中心とする他の工業国からの輸入の拡大によるものである。しかし、それは単に、工業製品の比較優位がアメリカからアジアにシフトしたというに過ぎない。それは、アメリカがアジアから所得や雇用を奪われたというわけでは必ずしもないのである。
リカード以来の比較優位の考え方とは、仮に一国である産業が比較劣位になれば、必ず別の産業が比較優位になるというものである。実際、アップル、マイクロソフト、グーグル、インテルといった巨大IT企業に代表されるアメリカのハイテク産業は、西海岸のシリコンバレーを拠点に拡大し、世界各国に知的生産物を供給し、世界中から利益を吸い上げている。さらに、アメリカには元々、農業という圧倒的な比較優位産業が存在する。さらには、シェールガスという新たな比較優位産業も登場している。アメリカ経済はこうして、一国全体としては十分な繁栄を享受している。
つまり、アメリカのラストベルトの繁栄を奪ったのは、アジアというよりはむしろアメリカのシリコンバレーその他なのである。ラストベルトという一地域によってアメリカ経済を代表させるというのは、現実世界の一部を恣意的に強調するものに他ならない。
やがては「普通のケインズ主義」に収斂?
現時点において、トランプ政権に関して最も危惧されているのは、その国際競争主義的かつ反グローバリズム的な世界観が、具体的な通商政策として具現化される可能性についてである。一部の報道によれば、既に政権内では、アメリカが貿易赤字を持つ国からの輸入品に対して高い国境税を課すなどの政策が検討されているようである。日米貿易摩擦が頂点にあった90年代よりは目立たなくなったとはいえ、現在でもアメリカが中国に次いで2番目に大きな貿易赤字を持つ日本の立場としては、人ごとでは済まされない。
やや楽観的にすぎるかもしれないが、筆者自身は、トランプ政権の通商政策は、これから具体化される都度に軋轢を生じさせる可能性は確かにあるにしても、いずれも尻すぼみに終わり、結果的にはさしたる弊害も効果も残さずに収束するのではないかと予想している。
オルト・ライト・ケインズ主義のオルト・ライト的たるゆえんは、その反グローバリズム志向にあるのだから、その部分が消失すれば、それは単なるケインズ主義でしかない。つまり、トランプ政権の政策プログラムはやがて、公共事業で雇用を拡大させるというような「普通のケインズ主義」に収斂していくわけである。
筆者がそう予想するのは、あの2期8年にわたるクリントン政権の通商政策が、まさしくそのような推移を遂げてきたからである。制裁措置をちらつかせて日本を脅しつつ、輸入自主拡大のような無理筋の政策を強引に受け入れさせようとしたクリントン政権の通商戦略は、結局は何の具体的な結果も残さずに終わった。それは何よりも、クリントン政権の通商政策には「理」というものがなかったからである。上述のように、そのやり方は、日本以外の諸外国からだけではなく、アメリカ国内の専門家からの批判をも招いていたのである。
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