オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点
このバノンの経済観は、明らかにトランプ政権の経済観そのものである。重要なのは、それが、旧来の保守派の経済観、具体的にはティーパーティーも含む共和党主流派が奉じてきた「小さな政府」を標榜する新自由主義におけるそれとは対極的であり、本質としてはむしろケインズ主義の方に近いという点である。
トランプはその大統領就任演説で、アメリカ製品を買いアメリカ人を雇う(Buy American and hire American)という「二つの単純なルール」を掲げた。つまり、アメリカ人の雇用の確保こそが政権における最優先の政策課題であり、これがトランプの言う「アメリカ・ファースト」の内実だったわけである。この一国における雇用の確保という政策目標は、まさにケインズ主義そのものである。
トランプはまた、そのための政策手段として、減税や公共投資を掲げていた。これもまた、伝統的なケインズ政策そのものであり、逆に新自由主義とはまったく相容れないものである。バノンは明らかに、その点を十分に自覚している。というのは、自らの巨額公共投資計画について、「保守派が発狂するほどのもの」と述べているからである。
バノンはさらに、自らが起こそうとしている「経済的ナショナリズムの運動」を、リベラル派に対する保守派=新自由主義の反革命としてのレーガン革命よりもむしろ、1930年代になぞらえている。この1930年代とはいうまでもなく、アメリカ経済の「社会主義化」を進めた元凶としてアメリカの保守派が指弾し続けてきた、あのニュー・ディールの時代である。
オルト・ライトによって蘇った国際競争主義の亡霊
このトランプ流のケインズ主義が、オルト・ライト的なそれである最大の理由は、その反グローバリズム的な世界観にある。それは、日米貿易摩擦が世界経済の大きな焦点になっていた1980年から90年代にかけて、ビジネス誌を中心にアメリカの経済論壇を席巻していた、戦略的貿易論者とか対日リビジョニストと呼ばれていた人々のそれにかなり近い。
当時の戦略的貿易論者の思考様式の大きな特質は、その「国際競争主義」にあった。これは、貿易その他の国際的な経済取引を、関係国双方に利益となるプラス・サム的なものとしてではなく、ライバル企業同士の間に生じるゼロ・サム的な競争に類するものとして把握するような立場である。それはさらに、「一国は、政府による何らかの政策や市場介入によって、相手国からより大きな利益の分け前を奪い取ることができる」という政策的主張に結びつく。これが、当時一世を風靡した戦略的貿易政策論である。
こうした国際競争主義の考え方は、「企業と企業の競争」を自明の現実と考えているビジネスマンや一般人の間では、きわめて受け入れられやすい。しかしそれは、入門経済学の授業で「比較優位」や「貿易による相互利益」を教えてきた経済学者たちにとっては、アダム・スミスやデヴィッド・リカードによる重商主義批判によってとうの昔に葬り去られたはずの、古くからある俗論にすぎない。
実際、1993年に誕生したアメリカのビル・クリントン民主党政権が、レスター・サローやロバート・ライシュのような国際競争主義者、ローラ・タイソンなどの戦略的貿易論者からの影響を受けて、日本に対して輸入自主拡大(voluntary import expansions, VIEs)のような管理貿易の導入を迫った時に、それを最も強く批判したのは、ジャグディシュ・バグワティやポール・クルーグマンに代表されるアメリカの経済学者たちだったのである。
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