コラム

オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点

2017年02月28日(火)13時30分

トランプ政権の首席戦略官・大統領上級顧問のスティーブン・バノン Joshua Roberts-REUTERS

<トランプの側近中の側近、スティーブン・バノンの経済観は、「オルト・ライト・ケインズ主義」とでもいうべきものである。その特質と問題点とは>

オルト・ライトすなわちもう一つの右派(Alt-right)とは、ドナルド・トランプが大方の予想を覆して米大統領選を勝利したとき、その政治的スタンスを表現するものとして、アメリカのメディア等で用いられるようになった概念である。それは政治的には、白人至上主義、反リベラル、反ポリティカル・コレクトネス、反エスタブリッシュメント等々によって特徴付けられる。そして経済的には、反移民や反貿易といった反グローバリズム傾向が顕著である。

そのオルト・ライトの政治スタンスを代表する人物とされているのが、大統領選挙ではトランプ陣営の選対本部長としてあの驚くべき勝利を導き、その後成立したトランプ政権では首席戦略官・大統領上級顧問に就任した、トランプの側近中の側近、スティーブン・バノンである。報道によれば、中東・アフリカのイスラム7カ国からのアメリカへの入国を一時禁止するというトランプの大統領令の草案を、関係官庁に何の相談もなく作成したのが、このバノンであった。一部には、トランプはバノンの繰り人形にすぎないという見方さえある。

【参考記事】トランプ政権の黒幕で白人至上主義のバノンが大統領令で国防の中枢に

その見方の是非はともかくも、少なくともこれまでのトランプの言動から判断する限り、トランプ政権の政策プログラムの中核にある世界観が、バノンに代表されるオルト・ライト流のそれであることは明らかである。そしてその経済観は、「オルト・ライト・ケインズ主義」とでもいうべきものである。

このオルト・ライト的政策思潮は、今後は単にアメリカだけに留まらず、ドイツ流の緊縮主義とEU主導の「域内グローバル化」への反発がますます拡大しつつある欧州において、草の根における反移民あるいは反イスラム感情の高まりと結びつきながら、より一層の拡がりを見せていくことが予想される。本稿では、そのオルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点を考察する。

バノンの経済観の特質

まずは、オルト・ライトのグルたるバノンが、実際に何を言っているのかを確認しよう。以下は、トランプの大統領選勝利直後の2016年11月18日に、米芸能誌The Hollywood Reporterに掲載された、バノンのインタビュー記事からの引用である


(Ringside With Steve Bannon at Trump Tower as the President-Elect's Strategist Plots "An Entirely New Political Movement)。

「私は白人ナショナリストではなくナショナリストであり、経済的ナショナリストである」
"I'm not a white nationalist, I'm a nationalist. I'm an economic nationalist"

「グローバリストはアメリカの労働者階級を痛めつけて、アジアで中産階級を生み出した」
"The globalists gutted the American working class and created a middle class in Asia"

「[アンドリュー]ジャクソンのポピュリズムのように、われわれはまったく新しい政治運動を構築しようとしている。それは雇用に関連するすべてである。従来の保守派は気が狂ってしまうだろう。私は1兆ドルのインフラ計画を推進している男だ。世界中がマイナス金利だから、すべてを再建する最高の機会となっている。造船所、製鉄所など、すべてを掬い上げよう。われわれはただ、それを壁に投げつけ、貼り付いていくのを確かめるだけだ。この保守派とポピュリストによる経済的ナショナリズムの運動は、レーガン革命よりも偉大なものとなり、1930年代のようにエキサイティングなものとなるだろう」
"Like [Andrew] Jackson's populism, we're going to build an entirely new political movement. It's everything related to jobs. The conservatives are going to go crazy. I'm the guy pushing a trillion-dollar infrastructure plan. With negative interest rates throughout the world, it's the greatest opportunity to rebuild everything. Shipyards, ironworks, get them all jacked up. We're just going to throw it up against the wall and see if it sticks. It will be as exciting as the 1930s, greater than the Reagan revolution -- conservatives, plus populists, in an economic nationalist movement"

以上のバノンの発言には、オルト・ライトと呼ばれる論者たちの経済観が端的に示されている。その最上位の政策目標は、「アメリカ人労働者の雇用に関連するすべて」である。そして、そのための主な政策手段は、「1兆ドルのインフラ計画」すなわち巨額の公共投資である。その背後には、「グローバリストたちが推進してきた経済のグローバル化によって、アメリカ人労働者の所得と雇用が諸外国とりわけアジアの新興諸国に奪われてきた」という認識が存在している。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進

ワールド

米下院で民主党院内総務が過去最長演説、8時間46分

ビジネス

米サミットと英アストラが提携協議、150億ドル規模
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story