オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点
トランプ政権は既に、その政策プログラムに関して、クリントン政権時どころではない内外からの猛烈な批判に直面している。イスラム入国制限の事例が示しているように、その批判は明らかに、政権の政策実行能力を奪っている。
たとえば、現在のトランプ政権の中枢や周辺には、金融業界出身の実務家はいても、対中強硬論者として知られるピーター・ナバロを除けば、経済学者といえるほどの経済学者は存在していないように見える。現時点では、政権の経済政策の全般的方向性を決めるはずの大統領経済諮問委員会の委員長さえ決まっていない。その理由はおそらく、トランプやバノンらオルト・ライト派のきわめて反経済学的な経済把握と折り合いをつけられるような「名の通った」経済学者やエコノミストが、捜してもなかなか見つからないからであろう。
トランプ政権はあるいは、経済学者などというものの存在はまったく無視して、輸入相手国に一方的に国境税を設定し始めるかもしれない。しかし、それはWTOの貿易ルールに明白に違反することになるから、その政策を貫徹するには、アメリカがWTOを離脱する以外に方法はない。トランプは実際、大統領選中にその可能性を示唆したことがある。とはいえ、アメリカが本当にWTOを離脱するとなれば、その政治コストはTPP離脱の比ではない。トランプといえども、それほどの政治資源の浪費は無理であろうというのが、筆者の楽観的予想である。
トランプ政権の政策プログラムが、どの程度の時間をかけて非オルト・ライト化されるのかは、現時点では予想できない。当面はオルト・ライト性向がますます強まっていく可能性は十分あるし、それがアメリカの外に拡がっていく可能性さえある。というのは、昨年のブレグジットが示すように、オルト・ライト的な反グローバリズムは、決してアメリカ固有のものではないからである。それは、リーマン・ショック後の経済停滞に長くもがき苦しんできた先進国全体に、共通した基盤を持っている。
その点で現在最も注目されているのは、フランスのオルト・ライトたるマリーヌ・ルペンである。EUの解体、さらにはフランスのユーロ離脱と通貨主権の回復を訴え、ドイツ主導の欧州の緊縮主義を鋭く批判するこの女性政治家もまた、オルト・ライト・ケインズ主義を体現する一人である。とりあえずの山場は、本年4月のフランス大統領選である。
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