コラム

【南アフリカvsイスラエル審理】国際法廷でジェノサイド罪を否定するイスラエルが展開した「4つの論理」

2024年01月18日(木)13時10分

(4)「司法手続きに不備がある」

そして最後に、司法手続きの問題だ。ICJのルールでは「提訴の前に当事国同士に係争があった」ことが必要だ。

もともとICJは仲裁裁判所として発足した歴史があり、提訴は当事国同士でどうしても解決しない場合の最終手段と位置づけられている。

ところが、イスラエル弁護団によると、南アフリカ政府が'ジェノサイド'批判を始めた直後、イスラエル政府は対話を呼びかけたが、南アフリカ政府は「休日」を理由にこれを拒否し、その数日後にICJに訴状を提出した。

つまり、イスラエルと南アフリカの間に係争が生まれる前の段階での提訴で、ICJのルールに反しているから司法手続きそのものが無効、というのだ。

とすると、南アフリカが「ジェノサイド罪で提訴する用意がある」といった事前告知をしていたかどうかが、今後明らかになる必要がある。

裁判のゆくえは

今後の行方は、一言でいえば楽観できない。

ICJでの裁判は通常数年かかるが、今回の聞き取りは南アフリカが求めていた暫定的な保護措置(provisional measure to protect)に基づき、早ければ1ヵ月程度で結論が出る。

暫定的な保護措置とは現在進行形の事態に速やかに対応することを優先させ、それが認められれば戦闘停止を命じることもできる。

もっとも、仮に暫定的な保護措置が認められたとしても実効性はない。

例えば、ウクライナ侵攻が始まった約1ヵ月後の2022年3月、ICJは暫定的な保護措置の最初の命令を下したが、その後もロシアの軍事活動は止まっていない。

イスラエル弁護団は「ハマスの脅威がある中で戦闘停止はあり得ない」と主張しており、仮にICJが暫定的な保護措置の命令を下しても、それに従う公算は低い。

そのため、ICJがどんな結論を出すにせよ、国際的に高まったイスラエル批判を加速させる以上の効果は低いとみられる。法的な強制力はあっても、当事国が実際に従わなければそれまでなのだ。

その意味では、どちらの言い分が正しいかを裁定すること自体に意味を見出すしかないだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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