コラム

【南アフリカvsイスラエル審理】国際法廷でジェノサイド罪を否定するイスラエルが展開した「4つの論理」

2024年01月18日(木)13時10分

もっとも、「自衛権」を疑問視する意見もある。「過剰防衛かどうか」だけでなく、イスラエルがガザで自衛権を発動できるかどうかの問題だ。

ICJは2003年、「占領軍による自衛権」を法的に無効と判断した。

これに沿っていえば、ガザは2006年以降、名目的にパレスチナ人の自治のもとにある。しかし、イスラエルは15年以上にわたってガザ周辺を軍事的に包囲し、人や物の移動を制限してきた。そのため、実質的な「占領軍」とみる専門家もいる。

ガザが占領下にあるかどうかの認定は、自衛の論理が成り立つかを左右するポイントといえる。

(2)「無差別殺傷ではない」

「結果として」数多くの民間人が死亡したのではなく、それが組織的、意図的だったといえなければジェノサイドと認定されない。

南アフリカは訴状のなかでイスラエル政府の主要人物の発言を逐一とりあげ、ガザでの民間人殺傷を「政府ぐるみの意図的なもの」と主張した。

例えば、ネタニヤフ首相は10月28日、兵士に「アマレクがしたことを思い出せ」と訓示した。アマレクとは旧約聖書に登場する民族で、古代イスラエル王国の領土をたびたび脅かし、最終的にユダヤ人によって駆逐された。

さらにガラント国防相は「あいつらは人間みたいな動物(human animals)」と発言し、後に「ハマスのことだ」と釈明したが、イスラエル閣僚のこうした発言は後をたたない。

これら一連の発言からは「無差別殺傷でガザからパレスチナ人を一掃する」意図を読み取れる、という主張はヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体も支持している。

これに対して、イスラエル弁護団は「発言の一部が切り取られている」と主張した。それによると、例えば問題の訓示でネタニヤフは以下のように続けたという。「...だがしかしイスラエル軍は道徳的な軍隊だ。無辜の民を殺すのは避けなければならない」。

ただし、アルジャズイーラが入手した当日の音声データでは、この部分は確認されないという。

とはいえ、ネタニヤフらのこれらの発言のほとんどは政府命令などの公式文書に残っていない。ICJにはこれを「組織的な意図」と判定するかどうかが問われる。

(3)「人道支援を妨害していない」

訴状で南アフリカは「イスラエルは10月7日以降、食糧、水、燃料、その他の支援物資の搬入を妨害してきた」と主張した。ガザを日干しにすることで、わざと民間人までも弱らせている、というのだ。

これに対してイスラエル弁護団は「不正確な情報だ」と主張した。

イスラエルの言い分によると、「ガザには開戦前、食料などを運ぶトラックが1日70台入っていた(補足:先述のようにイスラエルは開戦前からガザへの物資搬入を制限していたため、国連などの援助機関しかほとんど入れなかった)。開戦後、その台数はむしろ増えていて、この2週間平均で1日106台におよぶ」。

しかし、これは国連パレスチナ難民支援機関(UNRWA)のデータと大きく食い違う。

それによると、ガザには開戦前1日約500台のトラックが援助物資などを運んでいたが、開戦後はこれが大きく減り、一時停戦期間中は1日200台だったが、その後は1日100台にも及ばない。

この情報の食い違いをICJがどのように評価するかが、'ジェノサイド'認定を左右する一つのポイントになる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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