コラム

絶望感、無力感が破壊衝動に 闇堕ちしやすい独身男性とフェミサイドの生まれ方

2023年03月23日(木)16時45分
暗いところにいる男性

インセルによる無差別殺傷などの事件では逮捕される前に自殺する犯人が多い(写真はイメージです) Tero Vesalainen-shutterstock

<イギリスは2021年にインセル(非自発的単身者、結果としての独身)を「数年以内に過激化する恐れのあるカテゴリー」に認定した。過激なインセル思想に基づく暴力への警戒感が世界的に高まっている>


・欧米では女性に憎悪を募らせた独身男性の暴力がヘイトクライムやテロと認定されている

・「結果としての」独身男性には特有の性格があることが調査で明らかになっている

・日本では統計上の処理により、この問題が「ない」ことにされている

結婚したくてもできない独身男性が女性への憎悪に染まりやすいことに、世界各国では警戒が高まっている。

英国で「過激化する恐れ」認定

イギリス内務省は2021年、インセルを「数年以内に過激化する恐れのあるカテゴリー」に認定した。

インセル(involuntarily celibate: incel)は日本語で非自発的単身者と訳せる。異性との交際が長期間なく、経済的理由などで結婚を諦めた、「結果としての独身」という意味だ。

本来この俗語は性別に関係ないが、最近の用法では男性にほぼ限定される。

イギリス政府が警戒を募らせた転機は、2021年8月に西部の港町プリマスで発生した銃乱射事件だった。3歳の女の子とその父親を含む5人を狙い撃ちにした後に自殺した22歳の実行犯ジェイク・デヴィソンはインセルを自認し、メンタルヘルスに既往歴もあった。

この事件はミソジニー(女性嫌悪)、フェミサイド(女性殺し)の典型例とみられている。そのため、イギリスでは女性嫌悪が広がらないよう学校で指導するなど、過激化防止の取り組みが始まっている。

「インセルの反乱は始まっている」

こうした事件はイギリスだけではない。

インセルが世界で注目された一つのきっかけはカナダのトロントで2018年4月、歩道で自動車を暴走させて歩行者11人を殺害し、逮捕されたアレック・ミナシアン(終身刑が確定)がFacebookで「インセルの反乱は始まっている」と宣言したことだった。

「自分をインセルにした世の中への反乱」を掲げたこの事件で殺害された11人のうち8人までが女性だった。

この事件の犯人ミナシアンがとりわけ共感を覚えていたのは、米カリフォルニア州アイラビスタで2014年、6人が殺害された事件で、逮捕前に自殺した当時22歳の実行犯エリオット・ロジャーといわれる。ロジャーは犯行声明のなかで女性とつきあう機会がなかったことへの不満や、「性的に活発な」男性への嫉妬を書き綴っていた。

「いかにもインセル」な性格

とはいえ、もちろんインセル全員が危険なわけではない。イギリス内務省などが警戒する対象は、「いかにもインセル」な性格が強く、インセルの集まる掲示板などで女性蔑視の発言を繰り返す者だ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story