コラム

なぜロシアは「デスノート」や異世界アニメを禁止するか──強権支配が恐れるもの

2022年03月17日(木)14時25分

さらに、多国籍のアニメファンで編成されるニュースサイトAnime Corner によると、「この素晴らしい世界に祝福を!」、「ゾンビランドサガ」、「転生したらスライムだった件」などは、全面禁止ではないものの、当局が問題あると判断したエピソードがピンポイントですでにブロックされている。

「規制ありき」の規制

なぜロシアでは数多くの日本の漫画やアニメが規制されるか。

規制された作品の多くに、暴力的な描写や残虐シーンが目立つのは確かかもしれない。

また、作品によってはロシア正教会が眉をひそめる要素が含まれる。デモーニッシュな風貌や設定のキャラクターは、それだけでアニメになじみのない教会関係者には拒絶反応があるだろうし、同性愛や性的な描写もそこに含まれる。

さらに、「異世界もの」に描かれる生まれ変わり、転生は、キリスト教がその黎明期から否定してきた教義でもある(その意味ではローマ・カトリックやプロテスタントも同じ)。

ロシア・ナショナリズムの基盤としてロシア正教会を利用するプーチン政権(ここが中国との違いかもしれない)にとって、こうした内容が好ましくなかったとしても不思議ではない。若い世代に人気があればあるほど、なおさらである。

しかし、「教育上好ましくない」のならR指定にするといった対応もあり得るはずだが、それをスキップして発禁となると、これは「規制ありき」となってくる。

「目に見えない世界」を嫌う権力者

なぜロシア政府はこれらの作品を目の敵にするか。

これを考える手がかりは、人間ではない異形の者が登場したり、日常とかけ離れた異世界(あるいは核戦争などによる大破壊後の世界)が舞台になったりする作品が、規制対象に目立つことだろう。

こうした作品には「目に見える世界だけが世界ではない」という前提がある。

ところで、「目に見えない世界」を嫌い、敵視した権力者はプーチンだけではない。「独裁者」の典型ともいえるヒトラーは、画家を志した経験を持ちながらも、古典的、写実的な芸術しか認めず、これにそぐわないモダンアートを弾圧したが、そのなかでもとりわけ敵視されたのがシュルレアリスムだった。

アンドレ・ブルトンが1924年に発表した「溶ける魚」を旗頭とするシュルレアリスムはフロイトの精神分析の影響を受け、血を流す小鳥といった不気味なモチーフ、不安を抱かせる題材を積極的に取り上げ、従来は無意味とされてきた夢や無意識にスポットを当て、内面世界の表面化を目指した。

20世紀最大の芸術運動ともいわれるシュルレアリスムは、(芸術関係者からの批判を覚悟で)ラフにいえばやはり「目に見える世界だけが世界ではない」ことを前提にしていたといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story