コラム

アフガニスタン暫定政権のキーパーソン──タリバンは何が変わったのか

2021年09月09日(木)18時05分

こうした経緯からみれば、アフンドが首相に就任するのは「収まりがよかった」かもしれない。ただし、タリバンは内部の派閥分裂が激しく、いかに古参幹部でもアフンド首相がトップダウンで物事を進めるとは考えにくい。

もともとタリバンは一枚岩ではなく、タリバンはアフガニスタン人口の約40%を占めるパシュトゥーン人によって構成されているが、パシュトゥーン人の中もドゥラニ族、ホタキ族、カルラニ族などの部族連合によって分かれている。また、歴代の最高指導者のうち、誰を支持するかによっても立場が分かれている。

こうした派閥をそれぞれ率い、タリバン内部ですでに大きな影響力をもっているのが以下の3人で、実際にはこの3人のその時々の力関係がアフンド首相を動かすことになるとみられる。

【副首相】アブドゥル・ガニ・バラダル

タリバン設立当時からのメンバーで、初代指導者オマルとも近く、オマルが潜伏中には副代表として代行することも多かった。いわばタリバンの影の指導者ともいえる。

アメリカから制裁対象となり、2010年にパキスタンで拘束された。しかし、2018年に釈放されると、カタールにあるタリバン事務所の代表に就任し、事実上タリバンの外交責任者となった。

アメリカとの徹底抗戦を叫ぶ声を抑え、和平合意を進めたのもバラダルである。その意味で、実利的な思考パターンが強い。

タリバンがカブールに向けて大攻勢をかけていた8月末、バラダルは中国政府の招きに応じて北京を訪問し、外交関係の構築に着手したが、「中国国内のムスリム弾圧について口を出さない」という姿勢は、良くも悪くもその現実路線を象徴する。

【内務相】シラージュディン・ハッカーニ

バラダルといわば対極にあるのが、内務大臣に就任するハッカーニだ。

ハッカーニはタリバン内部にあった軍務委員会や財務委員会を束ねてきた、いわば番頭格だ。正確な年齢は不明だが、54歳のバラダルより10歳ほど若いとみられている。

首相のアフンドや副首相のバラダルがパシュトゥーン人の中でも主流派とみなされるドゥラニ族出身なのに対して、ハッカーニはカルラニ族で、主流派への反感が強いとみられる。

実際、ハッカーニはハッカーニ・グループと呼ばれる、タリバンの中でも最も強硬な路線の一団を率いていて、バラダルら主流派が進めたアメリカとの和平合意にも反対してきた。独自のテロ活動も数多く行なってきたため、やはりアメリカから制裁の対象になっており、FBI も追っている。

国際的な承認を得ることを優先させたいバラダルと、イスラーム主義的な主張を強調するハッカーニの綱引きは、今後のタリバン暫定政権の行方を大きく左右するとみられる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ショルツ独首相、2期目出馬へ ピストリウス国防相が

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story