シリアIS占領地消滅でアルカイダは復活するか──3つの不吉な予兆
また、サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件で国内の求心力も低下したムハンマド皇太子は、それまで対立してきた守旧派の王族との関係改善に着手している。2月24日、ムハンマド皇太子がリーマ王女を駐米大使に任命したことは、アメリカに向けては「女性の社会進出を促している」というポーズだが、国内的には全く別の意味をもつ。リーマ王女は、かつてアルカイダとの窓口だったバンダル・ビン・スルタン王子の娘だからだ。
このようにサウジが自分の事情でアルカイダとの関係を見直さざるを得なくなったことは、アルカイダにとってバックアップ体制が強化されたことを意味する。
欧米諸国の失点
そして最後に、イスラーム過激派のテロを誘発しかねない出来事が、欧米諸国で相次いでいることだ。
とりわけ、ニュージーランドのクライストチャーチで50人のムスリムが白人右翼に虐殺され、その映像が世界中に流出したことは、同様の白人右翼テロを誘発しかねないだけでなく、「報復」を大義とするイスラーム過激派の活動をも活発化させ得る。実際、パレスチナのガザを拠点とするアルカイダ系組織はクライストチャーチ事件を受け、「ムスリムの悲劇にツイートやニュースをシェアして応えることは十分ではない」と主張し、「あらゆる可能な努力」を呼びかけている。
さらに、第三次中東戦争以来、イスラエルが占領してきたシリア領ゴラン高原をトランプ大統領が「イスラエル領」と認定したことは、ムスリムの目にはイスラーム世界の一部が切り取られたと映る。これは「イスラーム世界の防衛」を大義とするジハードをさらに正当化することになる。
欧米諸国のなかにイスラーム過激派を煽る言動が増えていることは、結果的にアルカイダの復権を促す一因となり得る。
こうしてみたとき、アルカイダの復権を促す条件は整いつつあるようにみえる。だとすれば、バグズ陥落でIS占領地が壊滅したことは、グローバル・ジハードを錦旗とするイスラーム過激派の活動の終結を意味するどころか、次のステージの幕開けに過ぎないのかもしれない。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
※筆者の記事はこちら。
筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売
「核兵器を使えばガザ戦争はすぐ終わる」は正しいか? 大戦末期の日本とガザが違う4つの理由 2024.08.15
パリ五輪と米大統領選の影で「ウ中接近」が進む理由 2024.07.30
フランス発ユーロ危機はあるか──右翼と左翼の間で沈没する「エリート大統領」マクロン 2024.07.10