コラム

日銀審議委員に野口教授提示で、菅政権のマクロ経済政策への懸念はかなり低下した

2021年01月28日(木)12時15分

金融財政政策を間違えると、政権運営に大きなダメージが及ぶ...... REUTERS/Issei Kato/

<日本銀行の新たな審議委員として、野口旭専修大学教授を任用する人事案が国会に提示された意味とは......>

政府は、1月20日に日本銀行の新たな審議委員として、野口旭専修大学教授を任用する人事案を国会に提示した。野口教授は、ニューズウィーク日本版「ケイザイを読み解く」で、骨太の経済コラムを書かれており、ご存知の読者も少なくないだろう。また、当該コラムなどに依拠して、「アベノミクスが変えた日本経済」が2018年に出版されており、これらに金融財政政策に関する野口教授の考え方が明確に示されている。

日銀の金融緩和は手緩い、という野口教授の主張

野口教授の日本経済に対する考えを、筆者なりに総括すると、インフレ率がゼロ以下まで低下し、そして不完全雇用・総需要不足の日本では金融財政政策を徹底する必要がある、である。これは、標準的な経済理論に基づいた考えと筆者は位置付けている。

2000年代以降に出版された野口教授の書籍のほとんどを筆者は拝読しているが、野口教授は長年にわたり意欲的に経済政策を論じてきた。多くはマクロ経済学の良質なテキストであり、経済メディア等で見られる俗説を批判する論争的な主張も中には多い。経済メディアで見かける俗説の誤りが野口教授の論説で解説されており、これらの教えによって、経済、金融市場に関するリテラシーを高めることができたと筆者は考えている。

例えば、日本経済は1998年以降本格的なデフレ局面に入り2000年代中頃まで、デフレ局面の日本銀行の金融政策は論争のテーマになっていた。デフレへの対応策として、政策金利がゼロとなっても量的金融緩和の強化を徹底する、という中央銀行の対応は今やほとんどの先進国にとって常識である。

ただ、デフレの深刻化に直面して、2001年に日本銀行は量的金融緩和政策を始めたのだが、一方で当時は弊害が大きいなどの根拠が曖昧な反対論が多くの論者から唱えられていた。野口教授は、日本銀行の金融緩和は手緩いので、アグレッシブに緩和を行うべきとの主張を示し、日本銀行の消極的な姿勢を終始批判していた。

また、量的金融緩和政策に加えて、2000年代に先進国の中央銀行の潮流となっていった2%インフレ目標についても、日本銀行は早期に導入すべきと野口教授は主張した。量的金融緩和同様に、今や、ほとんどの先進国の中央銀行が2%程度のインフレ目標を導入しており常態化している。

金融政策の大転換をアカデミックの立場から支える

ただ、かつて、日本銀行はインフレ目標導入に長年抵抗し続けた。米欧の中銀が2%インフレ目標を正式に導入した後に、安倍政権誕生を経た2013年に日本銀行は政府との共同声明において、2%インフレ目標をようやく明確にコミットした。2%インフレ目標の約束と黒田執行部による量的金融緩和の強化によって、日本銀行は世界標準の中央銀行に変わった。この認識が金融市場で広がったことで、その後の円高修正と株高をもたらし、日本経済はデフレ克服の道筋が始まったと評価できる。

日本銀行による2%インフレ目標導入が遅れたことには、いくつかの要因があるだろう。先述したが、野口教授らが批判対象としていた2%インフレ目標導入などへの「懐疑論」が、経済学者や日本銀行の職員から示されたことが影響したとみられる。今から振り返ると、これらの主張の多くは些細でかつ根拠が薄い議論が多い。官僚組織の無謬性の弊害なのか偏ったイデオロギーがもたらしたのか、これらを鋭く批判する論客だった野口教授は、2013年以降の日本銀行の金融政策の大転換を、アカデミックの立場から支える大きな功績を果たしたと筆者は考えている。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story