コラム

北海道警の安倍ヤジ排除問題を追う『ヤジと民主主義』が見せたメディアの矜持

2023年11月28日(火)15時15分
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<2019年7月15日、札幌で演説する安倍晋三首相(当時)にヤジを飛ばした男性が拘束された事件のその後を追った12月9日公開のドキュメンタリーがめちゃくちゃ面白い。>

お供を引き連れて全裸の王様が歩いてきます。沿道を埋め尽くす群衆は、「なんて素敵なお召し物かしら」などと口々に言い合いながら王様を見つめます。バカには見えない衣装を着ていると事前に伝えられていたので、衣装が見えないとは言えません。

でも周囲の人たちとうなずき合っているうちに、本当に見えるような気がしてきました。そのとき子供が叫びました。「王様は裸で歩いているよ!」

周囲の大人たちは慌ててたしなめようとします。でも子供はもう一度叫びます。「何にも着てないよ!」




しばらく沈黙してから、1人の大人が「やっぱり裸なのね」とつぶやきます。続いてもう1人、「恥ずかしくないのか」。声は少しずつ増えてゆきます。

......ここまではアンデルセンが翻案した「裸の王様」のラストシーン。もしも今の日本に舞台を移し替えたら、どんなラストになるだろう。

「王様は裸で歩いているよ!」

子供がそう叫んだ瞬間、周囲にいた警官やSPたちが子供を包囲して手や口を押さえ、無理やりに沿道から引き離しました。群衆たちも気にしません。王様は何事もなかったかのように裸で行進を続けます。

2019年7月15日、札幌で安倍晋三首相(当時)が演説を始めたとき、「安倍やめろ!」とヤジを飛ばした男性と増税反対を訴えた女性を警察官が拘束し、さらに現場から強引に引き離した。

その瞬間を映した短いニュースは僕も観た。その後、本作『ヤジと民主主義』の監督でHBC(北海道放送)報道部の山﨑裕侍から映画化を考えていると聞いたとき、短いテレビドキュメントならともかく映画は無理じゃないかな、と思ったことを覚えている。

観終えて脱帽。いや帽子を脱ぐくらいじゃ足りない。1時間40分はあっという間。とても秀逸で、問題提起は深い。そして何よりも、めちゃくちゃ面白い。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な

ビジネス

トランプ関税、「コロナ禍規模の衝撃」なら物価懸念=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story