コラム

在日への視線は変わっていない 今こそ『パッチギ!』が見られるべき理由

2021年07月30日(金)18時10分
パッチギ!

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<宗教や国境や民族や言語は違っても、皆自分と変わらないと気付くことは、数ある映画の役目の中でも特に重要な1つだ>

北朝鮮・平壌に行ってからもう7年がたつ。滞在5日目くらいに、庶民向けの市場に行った。外国人はなかなか立ち入ることが許されないエリアだ。目的は人民服の購入。市内では多くの男性の普段着で、見ているうちに一着欲しいと思ったのだ。

衣料品コーナーには膨大な数の人民服が吊るされていた。でもサイズが小さい。確かに街で見かける男性の多くは小柄で痩せている。売り子のおばさんにもっと大きいサイズはないのかと質問したら、僕をじろりと見てから彼女は、そんなに大きな人はこの国にはいない、と言った。思わずキム・ジョンウンがいるじゃないかと言い返したら、よせばいいのにガイドが律義に通訳を始める。これはまずい。そう思った次の瞬間、彼女だけではなく市場のスタッフや客たちは腹を抱えて大爆笑。

ほかにもいろんなことがあったけれど、同じように笑い、泣き、怒り、家族を愛す人たちだ。どこの国や地域でも、実際に接すれば当たり前のこと。でもそんな当たり前を、情報に溺れながら僕たちは時折忘れてしまう。こうして悲劇は起きる。

映画の役目とは何か。まずはエンタメ。告発。発見。共感。......いくらでもある。でも重要な1つは、宗教や国境や民族や言語は違っても、皆自分と変わらないと気付くこと。

現在の南北分断は、半島出身者が在日としてこれほど多くいる理由と同じく、日本のかつての植民統治が大きな要因だ。でも多くの人はこれを忘れる。嫌悪や優越感をあらわにする。だから彼らもムキになる。その連鎖がずっと続いている。

『パッチギ!』を見終えて思う。朝鮮高校の番長で祖国に帰ると宣言したアンソンはその後どうなったのだろう。松山とキョンジャの愛は成就したのか。東高校空手部の部員たちは在日に対して意識を変えたのか。

......映画は語られた要素が全てではない。むしろ語られない要素を想像させるための媒介だ。その思いが現実を変える。自分を変える。

3年前、京都朝鮮初級学校を訪ねた。右派系市民団体が校門前で「ろくでなしの朝鮮学校を日本からたたき出せ」「スパイの子供やないか」などと罵声を上げて街宣活動を行い、それをきっかけに京都市伏見区の山間の校舎に移転した学校だ。授業を見学し、給食を一緒に食べた。子供たちはニコニコと屈託がない。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

TSMC、米に1000億ドル投資 トランプ大統領と

ワールド

トランプ氏がゼレンスキー氏を再び批判、「もっと感謝

ワールド

ウクライナは和平実現に実質外交、ゼレンスキー氏「米

ワールド

トランプ氏の和平への決意伝える、国務長官がチェコ外
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    生地越しにバストトップがあらわ、股間に銃...マドン…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 8
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 9
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story