コラム

給付策「年収960万円」があぶり出した「家族像」の問題

2021年11月24日(水)19時15分
岸田文雄首相

Rodrigo Reyes Marin-Pool-REUTERS

<所得制限の導入がもたらす分断は、年収が960万円より多いか少ないかのみならず、「世帯年収」の捉え方と絡まり合う形でも表れた>

政府が打ち出した18歳以下を対象とする10万円相当の給付策をめぐって議論が紛糾している。そもそも総額2兆円近くに上る政策の目的や位置付けからして曖昧で、コロナ禍での経済対策、生活支援策だと言うのであれば、あえて子育て世帯に対象を絞り込む理由がよく分からない。

そこに加えて11月10日の自公の党首会談後に発表された「年収960万円」の所得制限だ。この線引きの不可解さが、混乱や批判により一層の拍車を掛けている(編集部注:11月19日、政府はこの給付策を含む経済対策を閣議決定した)。

子供に対して一律10万円相当の支援を届けるというのはもともと公明党の案だった。衆院選の公約では「親の所得で子供を分断せず、不公平感を生じさせないため、所得制限は設けない」としていたが、自民党側からの求めに応じて「全ての子供たち」への給付は諦めたようだ。

山口那津男代表は会談後、「960万円の所得制限ですと、対象世帯のほぼ9割が対象になりますので、大きな分断を招かない」と発言していた。だが実際のところ、さまざまな「分断」を招いているように見える。

所得制限の導入がもたらす分断は、年収が960万円より多いか少ないかという分かりやすい形のみならず、制限の基準となる「世帯年収」の捉え方と絡まり合う形でも表れた。

例えば、夫婦のそれぞれが900万円の年収がある場合(合計1800万円)は給付が受けられるのに、夫婦の片方だけが働いていて1000万円の年収(合計1000万円)では給付が受けられない。既存の児童手当における減額の仕組みに合わせたそうだが、明らかに変である。

総務省の労働力調査によると、共働き世帯(雇用者の共働き世帯)の数は一貫して増え続けており、1980年(614万世帯)から2020年(1240万世帯)までに倍増している。2020年には専業主婦世帯(男性雇用者と無業の妻からなる世帯)との比率が7対3に近づくほどで、過去にさかのぼってみると、80年代までは専業主婦世帯のほうが多かったものの、90年代に共働き世帯が追い抜いている。

「世帯」の年収を計算するのに、1人分の所得しか考慮に入れないという見方は現状に全く合っていない。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ルーマニア大統領選、親ロ極右候補躍進でT

ビジネス

戒厳令騒動で「コリアディスカウント」一段と、韓国投

ビジネス

JAM、25年春闘で過去最大のベア要求へ 月額1万

ワールド

ウクライナ終戦へ領土割譲やNATO加盟断念、トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 5
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「IQ(知能指数)が高い国」はど…
  • 7
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計…
  • 8
    健康を保つための「食べ物」や「食べ方」はあります…
  • 9
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求…
  • 10
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式ト…
  • 5
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 6
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや…
  • 7
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 10
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story