コラム

「中国標準2035」のまぼろし

2022年02月07日(月)06時00分

それは英語での頭文字をとってFRAND (Fair, Reasonable, And Non-Discriminatory)宣言と呼ばれる。そうした宣言をする以上、高額のライセンス料を要求したり、あるいは中国企業には技術の使用を認めないといった「戦略的」な技術の利用はできない。この点を自民党の先生方は正しく理解しているのであろうか。

GSMやPDCが使われていた時代は移動通信技術の第2世代(2G)であるが、この世代では国際標準は定められていなかった。GSMは世界で圧倒的なシェアを獲得したが、あくまで「事実上の国際標準(デファクト・スタンダード)」にすぎず、国際標準として公認されていたわけではなかった。

当時はライセンス料も特許保有者が好きなように設定できた。2Gの通信規格の一つであるCDMAの場合、クアルコムが必須特許を独占し、専用チップも販売していた。そのため、当時CDMA規格の携帯電話機を作っていた某日本メーカーによれば、携帯電話機の価格の3割にも相当する金額をクアルコムにライセンス料とチップ代金として支払っているとのことだった。200ドルの携帯電話機であれば60ドルをクアルコムに支払うということになる。

第3世代(3G)以降は、国際電気通信連合(ITU)などの場で国際標準を定めるようになった。第5世代(5G)ではついに単一の国際標準に統一されることとなったが、5Gの標準必須特許の3分の1はファーウェイなど中国の企業が保有している。5Gは「事実上の国際標準」ではなく、公認の国際標準(de jure standard)なので、標準必須特許はFRANDの条件で他の企業の利用にも供されている。

ファーウェイ5Gの特許料もわずか

ファーウェイは5Gの標準必須特許を世界で最も多く保有しているとされているが、他社が5Gスマホを作るときにファーウェイが科すライセンス料は1台あたり2.5ドルが上限だとのことである(『日本経済新聞』2021年3月17日)。2Gの時代に特許で荒稼ぎをしたクアルコムとは雲泥の違いである。

このように、日本の技術を国際標準にするには、日本企業が重要な特許を持ちながらも、世界に向けて、特許料では稼ぎません、世界のどの企業にもお安く特許技術を提供します、と宣言しなければならないのだが、その点を自民党の先生方は理解しておられるのであろうか。

ちなみに、デジタルの分野で、日本企業が事実上の国際標準を握っているものがある。それはQRコードである。QRコードは1994年に自動車部品メーカーのデンソーが部品の収納箱を管理する目的で開発した。いまではスマホ決済、映画のチケット、ウェブサイトのURLを伝達する手段などとして世界中で利用されている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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