「中国標準2035」のまぼろし
アメリカでも2003年にBSEに感染した牛が発見され、日本はアメリカからの牛肉の輸入を禁止したが、その後BSEが収まって輸入を再開する段になって、検査基準をめぐって日米間の通商摩擦に発展した。日本政府はアメリカ牛肉の輸入を再開するにはアメリカが日本の全頭検査に匹敵する検査をすべきだと主張したが、アメリカはそんな検査は無意味だといって突っぱねたのである。
さて、先ほどの日経新聞の記事によれば、自民党の先生方は、日本の技術が国際標準になれば輸出が促進できると考えているようだが、それは必ずしもそうではない。むしろ確実なことは輸入が促進されることである。
例えば、先ほどの牛肉の例で考えてみると、もし仮に当時アメリカが日本の標準を受け入れて牛の全頭検査を始めたとしたら、日本からアメリカへの牛肉輸出が増えていただろうか。そんなことはありえない。現に、検査基準の違いという障害がなくなった今、日本からアメリカへの牛肉輸出量は、日本のアメリカからの牛肉輸入量のわずか0.5%にすぎない。
検査基準の違いという貿易に対する障害がなくなれば、あとは生産コストや品質といった実力での勝負となる。それは仮に日本の標準が国際標準になったとしても同じことである。
同様に、もし仮に携帯電話の通信規格をめぐる国際競争で、ヨーロッパのGSMではなく、日本のPDCが世界じゅうで取り入れられていたとしても、日本メーカーの海外での販売は大して伸びなかったであろう。
ライセンス収入も期待できず
そもそもGSMはオープンな規格であり、日本メーカーが排除されていたわけではなく、パナソニックやNECもGSM規格の携帯電話機を作ってヨーロッパや中国で販売していたのである。それでも最盛期のノキアは世界で4億台以上の携帯電話機を生産して販売していたのに対して、日本メーカーの販売台数はせいぜい数百万台で、圧倒的な差をつけられていた。技術の規格を日本のものに合わせてもらうぐらいでは、販売台数で二桁も差がついた状況を逆転できたはずもなく、むしろ海外メーカーが日本市場でシェアを伸ばしたであろう。
ただ、もしPDCが世界を席巻していたとしたら、日本は特許料収入を得ることはできた。PDCはNTTと「NTTファミリー」と呼ばれる日本メーカーとが開発したものであるため、PDCが世界で利用されれば、特許を持つ日本企業にライセンス料が入ってきたはずである。
もっとも、もし日本の技術を国際標準にすることを目指すのだとすれば、ライセンス料収入には期待しない方がいい。一般に、企業が国際的な標準化団体において自社の技術を標準必須特許として申請する時、企業はその特許を無償あるいは合理的かつ非差別的な条件でライセンスする意思があることを宣言することを求められる(小林、2019)。
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