コラム

大学進学率は20%!「最強の小国」スイスの競争戦略

2017年05月12日(金)16時23分

Wavebreakmedia-iStock.

<8年連続で国際競争力ランキング1位のスイス。世界中からヒト・モノ・カネを引き寄せる競争力の源泉とは何か>

世界経済フォーラム(WEF)の国際競争力ランキングにおいて、2009年以降8年連続で第1位を獲得しているスイス。スイスについて詳しくなくとも、各種の国際機関による競争力ランキングで近年最上位レベルを占めている国と聞けば、興味をもつ人は多いのではないだろうか。

【参考記事】国際競争力ランキング、スイスが8年連続首位 日本は8位に後退

スイスは、面積は4.1万平方キロと3.9万平方キロの九州と同程度である一方、人口は824万人と1296万人の九州の6割強。国土の約7割までもが「ヨーロッパの屋根」といわれるアルプス山脈とジュラ山脈が占めている、天然資源にも乏しい「小国」である。

その一方で、各種の競争力ランキングで高い評価を得ているだけでなく、国民の豊かさを表す指標となっている1人当たりGDPでも7万9578米ドルと世界第2位。同指標が3万7304米ドルである日本の2倍以上もの数値を誇っている。

国家の競争力のみならず、精密機械、ライフサイエンス、金融・保険等で産業クラスターを形成しているほか、食品のネスレ、時計のスウォッチグループ、保険のチューリッヒ等、グローバル企業も数多く輩出し、国・産業・企業の3つの階層において高い競争力を誇っているのがスイスなのだ。

筆者は、通称オランダ銀行と呼ばれるABNアムロの証券現地法人であるABNアムロ証券会社のオリジネーション本部長(マネージングディレクター)として欧州の企業に勤務した経験をもつ。その時の経験からもわかるが、クオリティー・オブ・ライフの水準が高く豊かな国であるスイスは欧州でも尊敬される国だ。

本稿では、事業環境・教育環境・生活環境にも優れ、世界中からヒト・モノ・カネを引き寄せているスイスについて、イスラエル(前回コラム「イスラエルはいかにして世界屈指の技術大国になったか」)に続き、国家としての競争戦略を戦略論の視点から考察してみたい。

国家としてのスイスの競争戦略

詳しい説明は前回コラムをご覧いただきたいが、筆者が国家や企業の戦略分析や戦略策定に使っている「5ファクターフレームワーク」というものがある(図表1)。このフレームワークは、孫子の兵法における五事をモチーフにしたもの。五事とは、道、天、地、将、法であり、国家運営を行う上で最も重要な5つの項目とされている。

m_tanaka170427-chart1.jpg

【道】「高付加価値×スイスブランド×グローバル」のグランドデザイン

「道」とは、国としてどのように在るべきなのかというグランドデザインや、どのような国にしたいのかという目標のことである。

もっとも、スイスの場合には、国が強力な指導力を発揮して包括的な戦略を実行していくという国家ではない。グランドデザインレベルによるトップダウン統治と分権によるボトムアップ統治が、スイスの「道」の全体構造である。

スイスは、「高付加価値×スイスブランド×グローバル」に特化して競争力を高めるというグランドデザインを描き、実際に国家・産業・企業の3階層において世界最高水準の競争力を維持している国である。

その一方で、国の政府となる連邦政府では同国の企業がグローバル市場での競争を行うのに必要な環境を整備することに特化し、州政府や民間の自治を重視したボトムアップ型の統治を行っていることが大きな特徴である。

連邦政府において詳細な国家戦略が規定されているわけではない。実際に詳細な戦略や計画を描き実行しているのは企業なのである。

スイスは元々が分権国家であり、連邦政府の権限は大きく制限されている一方で、州政府に大きな権限が委任されている。また、国民投票や国民決議という直接民主制の政治システムが採用されており、政府がトップダウンで政策決定する割合が少ないのだ。

R&Dやイノベーションに関する政策についても、連邦政府が巨額の予算を用意しているわけではなく、それらを促進するための環境整備に徹している。

このようなことから、スイスには民間企業に対する補助金といったものはなく、むしろ連邦政府は「競争こそが競争力の源泉」という考え方に基づき、同国企業を厳しいグローバル競争の環境に追い込むことで競争力の強化を図っているのだ。

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、突っ込み警戒感生じ幅広く

ワールド

イスラエルが人質解放・停戦延長を提案、ガザ南部で本

ワールド

米、国際水域で深海採掘へ大統領令検討か 国連迂回で

ビジネス

ソフトバンクG、オープンAIに最大5.98兆円を追
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story