コラム

街に住居に公園に...今日の防犯対策に生かされる「城壁都市のDNA」 理にかなっている理由とは?

2025年01月16日(木)10時15分

一方、日本はといえば、城壁都市を建設する必要がなかった。というのは、四方の海が城壁の役割を演じ、しかも台風が侵入を一層困難にしていたからだ。実際、日本本土は建国以来一度も異民族に侵略されたことがない。

要するに、日本は領域性(入りにくさ)と監視性(見えやすさ)に配慮した都市づくりを経験してこなかった。この経験値の低さこそ、犯罪機会論の普及を阻害している最大の要因である。

こうしたことはヨーロッパだけではない。古い歴史を誇る中国も、犯罪機会論の宝庫だ。

例えば、世界遺産として有名な「万里の長城」がそうだ。それは、紀元前の春秋戦国時代に諸国が個別に建設した壁を、中国統一を果たした秦の始皇帝がつなぎ合わせたものが原形である(写真2)。その後、明の時代まで増改築が繰り返された。2000年以上にわたって築き続けた壁の全長は、2万キロを超えるという。

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写真2 筆者撮影

この「世界最大の建築物」を作った目的は、北方の遊牧騎馬民族による略奪を防ぐため、中国を「入りにくい場所」にすることだった。「巨大な竜」に例えられるように、山の稜線を縫うように走っているので、そこは「見えやすい場所」にもなっている。

現在では食欲増進のキャッチコピーとして用いられる「天高く馬肥ゆる秋」は、元々は北方民族が夏の放牧で肥えた蒙古馬に乗って秋の収穫期に襲来し、略奪することへの警戒を促す中国のことわざだ。つまり、遊牧民族の強盗から農耕民族を守るためのハード面の対策が万里の長城で、「天高く馬肥ゆる秋」という警句がソフト面の対策なのだ。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

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