コラム

「容疑者」ではなく「場所」に注目...札幌コンビニ殺傷事件に見る、コンビニのリスク・マネジメント

2024年03月23日(土)11時15分

一方、犯罪者の「外」に原因を求める立場も、家庭、学校、職場、地域など、犯罪者の「生い立ち」や「身の上」を重視する立場と、景気、都市化、不平等、テレビ、インターネットなど、犯罪者が暮らす「社会」を重視する立場に分かれる。犯罪者の「外」といっても、家族や友人などが住む、身近で目に見える環境から、社会や文化など、漠然として捉えにくい環境まで、様々な「外」があるわけだ。

このように、犯罪原因論は、犯罪者の「内」から「外」まで、犯罪者をめぐる多種多様な原因を扱う。したがって、特定の事件について、犯罪原因を特定することは至難の業である。少なくとも、マスコミや一般の人たちが、犯罪が起きた後に原因を解明することは不可能に近い。

要するに、意外かもしれないが、容疑者という「人」に注目しないことが、犯罪予防の第一歩である。もっとも、「場所」に注目する立場を取ったとしても、それだけでは予防にはつながらない。次には、「リスク・マネジメント」と「クライシス・マネジメント」の区別が必要になる。リスク・マネジメントは危機が起こる前(平時)のことで、クライシス・マネジメントは危機が起こった後(有事)のことだ。

今回の事件についても、コンビニに非常ベルを設置するとか、カラーボールを投げるといった対策を取るべきだと、報道されている。しかし、これらはすべてクライシス・マネジメントである。すでに店舗が襲われているからだ。

コンビニのリスク・マネジメントと、その理論的コンセプト

リスクとクライシスの区別については、例えば、中国最古の医学書でも「名医は既病を治すのではなく未病を治す」と書かれているという。その言葉を借りるなら、クライシス・マネジメントは既病を治す、リスク・マネジメントは未病を治すである。真の意味で予防と言えるのは、リスク・マネジメントだけなのである。

では、コンビニのリスク・マネジメントとは何か。その基本になるのが犯罪機会論だ。犯罪機会論では、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることがすでに分かっている。実は、その知見に基づいて設計されたのが、アメリカ生まれのコンビニだ。

20世紀末まで、つまり、犯罪機会論が導入されるまで、コンビニでは強盗が多発していた。格好のターゲットになっていたわけだ。そこで、強盗を徹底的に捕まえようと警察力が強化された。当時のアメリカは犯罪原因論が主流だったので、強盗犯という「人」に集中したのは自然な流れである。ところが、強盗事件の増加を食い止めることはできなかった。そうして、溺れる者は藁をもつかむという気持ちで飛びついたのが犯罪機会論だった。

試行錯誤の結果、出来上がったデザインが今のコンビニだ。出入り口を1カ所に限定し、「入りにくい場所」にした。そして、道路側を全面ガラス張りにし、「見えやすい場所」にもした。レジカウンターを出入り口近くに置いたのも、道路から「見えやすい場所」にするためだ。その「見えやすさ」は、伝統的な古本屋などと比べれば、一目瞭然ではないだろうか。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story