コラム

「容疑者」ではなく「場所」に注目...札幌コンビニ殺傷事件に見る、コンビニのリスク・マネジメント

2024年03月23日(土)11時15分

次の写真は、オリジナルの良さを生かしたシンガポールのコンビニだ。オリジナルの設計通り、出入り口は一か所で、全面ガラス張りである。

newsweekjp_20240322050958.jpg

シンガポールのコンビニ By Nagono, CC BY-SA 3.0

日本にコンビニが輸入されたときにも、そのデザインはそのまま引き継がれた。しかし、その理論的コンセプトが広く知られることはなかった。その結果、せっかくガラス張りにした側面にポスターを貼ったり、そのそばに本棚を置いたりして、店内を「見えにくい場所」に変えてしまった。これでは、強盗や万引きを誘発してもおかしくない。

では、今回の事件現場はどうだろう。やはり、ポスターが何枚も貼られ、本棚もガラス面に沿って設置してある。Googleストリートビューで見る限り、のぼり旗が立てられ、余計に店内が見えにくくなっている。

事件現場となったコンビニ

対照的に、次の台湾のコンビニは「見えやすい場所」になっている。ポスターが貼られていないだけでなく、全面ガラス張りの壁に軽食カウンターが設置されている。ここで飲食すれば、自然に目が道路に向く。つまり、犯罪機会論のデザインによって、店内だけでなく、店外の安全も確保しているのだ。

newsweekjp_20240322050147.jpg

台湾のコンビニ Icatnews-Shutterstock

同様に、次の韓国のコンビニも「見えやすい場所」になっている。店の前に、食事用のテーブルや椅子が置かれているからだ。ここに誰かが座れば、店内と店外の両方に視線が注がれる。他にも、カプセル玩具の自動販売機が入り口の横に設置された店舗もある。親子連れが玩具目当てにコンビニを訪れれば、それだけで店内と店外の安全性が向上する。

newsweekjp_20240322050335.jpg

韓国のコンビニ Sorbis-Shutterstock

このように、海外では、あの手この手で視線の交流が図られている。それが「見えやすい場所」を作るからだ。そこに犯罪機会論の伝統を垣間見ることができる。

繰り返しになるが、コンビニのデザインは犯罪機会論の長い研究の成果である。しかし、犯罪機会論を知らなければ、せっかくの防犯デザインも効果が減じられてしまう。もし犯罪機会論が普及していれば、今回の事件も、尊い命が奪われる悲しい出来事にはならなかったかもしれない。犯罪原因論から犯罪機会論への発想の転換が求められる所以である。

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story