コラム

北方領土問題でロシアが課した「新たなルール」 日本の対応は

2017年06月19日(月)17時53分

これは6月1日にプーチン大統領がメディアに対して語った路線を踏襲したものである。

この中でプーチン大統領は、北方領土を日本に引き渡した場合には米軍が展開してくる可能性があると指摘した上で、韓国に配備されたTHAADなど米国が東アジアで増強しているミサイル防衛システムに対抗する上で北方領土は極めて有利な位置にあると発言。

北方領土を非軍事化することは不可能ではないが、そのためには地域内の緊張緩和が不可避であるとした。

ロシアのメッセージ

ロシア大使館によるブリーフィングとプーチン大統領の発言を筆者なりに総合するならば、ロシアが打ち出してきたメッセージとは、北方領土問題と東アジアにおける米軍のプレゼンス全体をリンクさせるものであったと言える。

これは、従来の北方領土問題に関するロシアの立場を大きく変えるものだ。

ロシアはこれまでにも、北方領土を返還した場合に米軍基地が設置される可能性や、日米安保の適用範囲内となることへの懸念を表明してきた。

2016年12月に訪日したプーチン大統領が、日本が米国に対して「条約上の義務を負っている」と発言したことは、こうした懸念を婉曲に表明したものと言える。

ただ、今年春頃まではあくまでも日米安保への懸念にとどまっていたのに対し、今回のロシア大使館及びプーチン大統領のメッセージは、東アジア全体における米軍のプレゼンスが縮小しない限り、北方領土返還は安全保障上受け入れがたいというロジックになっている。

これこそがロシア側が日本に伝えようとしたメッセージであろう。
以前の小欄で筆者は、北方領土問題の解決に向けて経済協力だけでなく日露間の信頼醸成を進める必要を主張したが(第2回日露防衛・外交トップ会談(2プラス2) すれ違う思惑と今後と展望)、ロシア側がハードルをここまで上げてくると、問題は日米安保の範囲内には留まらない。

言うなれば、「北方領土交渉に関するゲームのルールが変わった」ということが異例のブリーフィングの真意であったと考えられる。

ロシアの狙いは何か

ロシア側がこのような「ルール」を持ち出してくる前兆はこれまでにもあった。

たとえば、プーチン大統領訪日や今年3月の日露外交防衛閣僚協議(2+2)において、ロシア側は(日本との対話であるにもかかわらず)韓国へのTHAAD配備問題に関する懸念を表明した。

また、プーチン大統領は2016年中、2度にわたって「中露の国境問題解決には40年を費やした」と述べているが、これは領土問題の解決が長期に及ぶことだけでなく、上海協力機構を通じた安全保障上のパートナーである中露のような関係に日露関係が変化しなければ領土返還には応じがたいという姿勢を示唆していたとも考えられる。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story