コラム

SNSを駆使する「140字の戦争」 ニュースを制するのは誰か

2019年08月02日(金)19時00分

ウクライナに批判的な海外メディアの記事を使って国際世論の代表のように見せかけたり、プーチン大統領の偉大さとオバマ米大統領(2014年当時)の悪質さを伝えるミーム(画像と文字で構成される情報)を作ったりした。

ロシア政府の目的は何か? パトリカラコス氏によると、まずは納得したい人を納得させ、確信したい人を確信させることだ。そして「西洋社会に不和と不協和のタネをまき、何が真実で何が真実ではないのかについて混乱を生じさせ、判断を鈍らせる」ことだ。

今はトロール工場での勤務を辞めたベスパロフ氏は、ロシア国内への悪影響を指摘する。かつてロシア政府が発信するプロパガンダを見て信じていた彼の両親が、今は「ほとんどが嘘」であることに気づいているという。「誰も何も信じなくなった」

ゲームの要領で事実を発掘

そのロシアの「嘘」を見抜いた一人が、イギリス人のエリオット・ヒギンズ氏だ。

ゲーム好きだった同氏は「今の仕事に必要なスキルのほとんどは、ゲームで培った」という。

2014年7月17日、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空17便がウクライナ東部上空で撃墜された。撃墜したのはブーク地対空ミサイルで、ロシア軍がウクライナ東部の親ロシア派分離主義勢力に供給したものだった。

「乗客298名の犠牲者をもたらした責任が、最終的にはロシア政府にあるという事実」を、ヒギンズ氏は自宅のソファーの上でラップトップを駆使することで探し当てた。

オープンソースの情報を使い、ソーシャルメディアに上がってきた画像、動画を精査することで、いつしか武器情報の専門家になっていたヒギンズ氏は、撃墜のニュースが報道された日、ミサイル・ランチャーを搭載した軍用車両の映像を見つけた。撮影場所を特定できる人はいないかとツイート。15分ほどで10人から返答が来た。

この映像の撮影場所をみんなで探し当て、撮影時間を含む詳細を割り出していった。

マレーシア航空17便撃墜の詳細が明らかになったのは、2016年9月末。国際合同調査チームが報告書を発表し、対空ミサイルは「ロシア政府の後ろ盾を持つ分離主義勢力の要請に応じて、ロシア国内から運び込まれた」と結論づけた。ヒギンズらによる検証作業はすべて報告書に盛り込まれた。

ヒギンズ氏は、自分が立ち上げた調査報道サイト「ベリング・キャット」にこれまでの作業の詳細を掲載するとともに、その後もイギリス内で発生した元スパイ毒殺未遂事件へのロシアの関与を暴露するなど、積極的な活動を続けている。

その教訓は

本書は「こうすればフェイクニュースが見抜ける」と指南するものではない。

プロフィール

小林恭子

在英ジャーナリスト。英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。『英国公文書の世界史──一次資料の宝石箱』、『フィナンシャル・タイムズの実力』、『英国メディア史』。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数
Twitter: @ginkokobayashi、Facebook https://www.facebook.com/ginko.kobayashi.5

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