コラム

岸田首相のサプライズ退陣表明がサプライズでない理由

2024年08月14日(水)19時32分

有利なのは「党内組織票」の茂木か、「国民人気」の石破や小泉か

もう一つ、政治腐敗に対する検察捜査の動向もある。東京地検特捜部はこの1ヶ月で立て続けに、選挙区で香典を配布した疑いで堀井学衆議院議員(自民党離党)、公設第二秘書の給与を詐取した疑いで広瀬めぐみ参議院議員(自民党離党)それぞれの議員会館事務所等を捜索した。政界の腐敗に対する検察の追求は緩んでいない。他方で、通常国会での政治資金規正法改正は中途半端に終わってしまった。そうした中、岸田首相は記者会見で「組織の長として責任を取る」ことを明言。これで派閥パーティー券裏金問題に「終止符」が打たれるとは言い難いが、しかし、一国のトップが「この問題の責任をとって身を引くこと」を公式に表明した以上、一定の「けじめ」効果が生じることも否定し難い。

最後に、野党による政権交代の阻止という狙いも当然にあるだろう。アメリカのバイデン大統領は老衰批判に聞く耳を持たないふりをしながら、トランプ前大統領暗殺未遂事件が発生してトランプ陣営の求心力が高まるや否や、大統領選撤退を表明。後継にカマラ・ハリス副大統領を指名して、選挙戦の流れを一気に民主党側に引き寄せた。バイデン大統領は「大統領選と同時に行われる上下両院選挙での敗北を避けるためだった」と語っている。

岸田首相は8月11日から12日にかけて首相公邸で終日過ごしたとされている。その間、バイデン大統領の身の処し方を横目で眺めつつ、来たる衆議院総選挙と来夏の参議院選挙でいかにして与党を維持するかという問題を改めて考え、自ら身を引くことこそが最善の策だと思うに至ったのであろうか。

9月の総裁選を巡っては、前述した茂木敏充幹事長、河野太郎デジタル相、上川陽子外相、小林鷹之前経済安保相以外に、林芳正官房長官、石破茂元幹事長や小泉進次郎元環境相、高市早苗経済安全保障相や野田聖子元総務相らの名前も挙がっている。総裁選推薦人を20人確保するという当面のハードルからすれば組織的なテコ入れが期待できる茂木氏や小林氏、国民的人気あるいは党員票の観点からは高い知名度を誇る石破氏や小泉氏が有利ということになろう。近年、石破氏は『保守政治家 わが政策、わが天命』(講談社)、高市氏は『日本の経済安全保障 国家国民を守る黄金律』(飛鳥新社)、野田氏は『野田聖子のつくりかた』(CCCメディアハウス)という著作を刊行しており、準備に余念がない。

しかし「派閥解消時代の総裁選」でもある。何が起こるかは分からない。自民党のお家芸である「総裁選による擬似政権交代」効果が今回も発揮されるか。SNS隆盛の時代にTV電波ジャック戦略が通用するか。南海トラフ地震対策・能登半島地震復旧復興策から、円安対策等の経済政策、中国との間合いを含めた外交政策に至るまで、同時期に行われる立憲民主党の代表選挙とあわせて、「これからの日本をどう構想するか」を徹底して国民の前で議論するような総裁選を行えるかがカギとなる。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story