コラム

効果は高いが、貧困層には死活問題...ロンドン「超低排出ガスゾーン」規制、市全域への適用めぐる大激論

2023年07月29日(土)17時10分

命に関わる大気汚染対策に一刻の猶予も許されない。しかし環境車に買い替える余裕のない世帯にとって1日12.5ポンドの通行料は死活問題。超低排出ガスゾーンをロンドン全行政区に拡大する計画に関するパブリック・コンサルテーションで回答者の約6割が反対。新たに対象となるゾーンでは住民の7割、労働者の8割が反対しており、選挙にも影響を及ぼした。

 
 
 
 
 

7月20日に行われた3つの補欠選挙で保守党はイングランド北部ノース・ヨークシャー、南西部サマセットの2つの牙城で敗れたものの、ジョンソン元首相の選挙区だったロンドンのウクスブリッジ&サウス・ルイスリップで辛勝した。わずか495票差という薄氷の勝利。保守党勝利の要因はカーン市長が進める超低排出ガスゾーンの拡大計画だったとされる。

増税は選挙のマイナス

保守党が運営するロンドン市内の5議会は今年2月、超低排出ガスゾーンの拡大計画に異を唱えて提訴したが、高等法院は7月28日、「公開協議で市民には十分な情報が提供されており、市長の権限でゾーンを拡大できる」として合法との判断を下した。カーン市長は「ゾーン拡大は非常に困難な決断で、私の一存で軽々しくしたものではない」と述べた。

しかし増税は選挙戦のマイナスになるのは洋の東西を問わない。来年1月28日までに行われる次期総選挙で政権奪還を期す労働党内からもカーン市長のゾーン拡大計画には慎重論が噴出する。労働党のレイチェル・リーブス影の財務相は「生活費の危機を考えると、この時期に超低排出ガスゾーンの通行料で人々をさらに苦しめるのは適切ではない」と語る。

英国の6月の消費者物価は前年同月比で7.9%上昇しているものの、自動車燃料価格の大幅な下落により5月の8.7%から鈍化した。食品価格も前年同月比でピーク時の4月の19%から17.3%に下がったものの、市民生活の大きな重荷になっている。このため、労働党のキア・スターマー党首はゾーン拡大について態度をはっきりさせないあいまい戦略を維持する。

若者の有権者は地球温暖化対策や環境対策を進めることに賛成しており、そうした声に背中を押されるカーン市長と真っ向から対立するのは賢明ではないとの打算がスターマー党首には働く。リーブス影の財務相らの反対でカーン市長が自ら矛を収めるのを待つ作戦だ。次期総選挙では1議席でも多く穫る必要がある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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