コラム

物価高の今こそ注目すべき「食材」...鹿肉が「生活費」「生態系」2つの危機を克服する

2023年04月07日(金)18時19分
イギリスのダマシカ

Moonstone Images-iStock

<イギリスでは鹿の天敵はもはや人間だけ。生活費の危機と鹿の過剰繁殖の両方を解決するため、フードバンクでの鹿肉の提供も計画される>

[ロンドン]「この鹿肉は上手く仕上がっています。体毛がついたまま冷蔵庫に入れ、脚を吊るして2週間熟成させます。こうすることで筋肉が緩んで肉が柔らかくなり、風味も増す。野生動物の旨味が出るんです。強い風味のラム肉とも違います。より多くの人がもっと鹿肉を食べるべきだと思います」

ロンドンの繁華街ソーホーにある「サセックス・バー&レストラン」の厨房でオリバー・グラッドウィンさんはテーブルの上にのせられた1頭の鹿をさばきながら説明した。「一緒に育ったものを使って料理します。森の野生ニンニク、森の中を跳ね回っていた鹿の肉を使います。この『結婚』は田舎で自然に起こることです。私たちはその恵みを享受するだけです」

230407kmr_ube02.jpg

野生の鹿1頭を解体するオリバー・グラッドウィンさん(筆者撮影)

オリバーさんは肉切りナイフで手際よく鹿を解体していく。大腿骨と脊椎骨を結ぶ一対の棒状で、脂肪がほとんどない筋肉(フィレ)を取り出した。肉の部位の中で最も運動をしていないため、とても柔らかい。1頭の鹿から取り出せるフィレはたった2柵だ。「牛でもフィレは12切れしかとれません。牛も鹿も全身からフィレのとれる割合は決まっているんです」

「バーガー用の肉はすべての部位が混ざっていて、フィレを使った料理より持続可能性があります」とオリバーさんは教えてくれた。今日の特別メニューは、鹿のフィレを使った英国料理のパイ包み焼き「ベニソン・ウェリントン」だ。鹿が育った森の野草、キノコ、ニンニクと一緒に鹿のフィレをパイ生地で包み込む。

230407kmr_ube03.jpg

パイ生地に鹿のフィレを包み込んで焼き上げる「ベニソン・ウェリントン」(同)

パンデミックが変えた英国の生態系

オーブンに20分近く放り込むと、外側のパイ生地が香ばしそうな色に焼けて「ベニソン・ウェリントン」の出来上がり。鹿の骨を煮込んで野生のガーリックバターを溶かしたソースをかけて食べると、鹿のフィレが口の中でとろけていく。ラム肉のような臭みもなく、淡白な清々しい森の香りが舌の上で広がっていく。

英国は「アニマル・ライツ(動物の権利)」に厳しく、2006年動物福祉法ですべての脊椎動物の虐待を禁止している。野生鹿を殺して、その肉を食べても英国の動物愛護団体は怒鳴り込んでこないのか。一昔前までは野生動物の肉を売る店に動物愛護団体のメンバーが押しかけて抗議する記事を「タブロイド」と呼ばれる英大衆紙でよく見かけた。しかし...。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story