コラム

英史上「最短」トラス首相が残した教訓 日本も「最後の防波堤」が決壊すれば同じ道に

2022年10月21日(金)11時18分

ジョンソン氏はEU離脱で取り残された「レッド・ウォール(旧炭鉱街や脱工業地域に広がるかつての労働党の支持基盤)」も取り込んだが、トラス氏は狂信的リバタリアンたちのフラストレーションを代弁する形で「低税率・高成長経済」を強行し、市場の厳しい洗礼にのみ込まれた。英国はアッという間に欧州債務危機のギリシャやイタリアと同じ状況に陥った。

ジョー・バイデン米大統領は天敵ドナルド・トランプ前米大統領と同じ「トリクルダウン(富裕層や企業の富が労働者に滴り落ちる)経済学」を信奉するトラス氏の政策を「誤り」と切り捨てた。トラス氏がトラブルシューターに選んだジェレミー・ハント英財務相はトラス氏の減税予算をバッサリ切り捨てた。今度は狂信的リバタリアンたちが収まらない。

2カ月の「政治空白」を生んだ保守党党首選は何だったのか

エネルギーや生活費の危機、ウクライナ戦争の最中、約2カ月の「政治空白」を生んだ保守党党首選はいったい何だったのか。有権者4884万人超のわずか0.17%にも満たない保守党党員8万1326票にやはり政治的正当性はなかったことが証明されただけだ。

約1週間で決めることになった党首選に立候補するには100人の推薦人が必要という高いハードルが設けられた。保守党党員にはオンラインで投票してもらうと言いながら、下院議員による投票で決着を図りたいという思惑が透けて見える。

221021kmr_tr02.jpg

次期首相の最有力候補リシ・スナク元財務相(昨年の保守党大会で筆者撮影)

現実的中道派のリシ・スナク元財務相と「最もセクシーな下院議員」と評判のペニー・モーダント下院院内総務がタッグを組み、下院議員投票でトップに立った方が首相になるよう連携していると言われる。これに対して狂信的リバタリアンたちが担げるのはカリブ海で家族と休暇中のジョンソン氏しかいない。ジョンソン氏は帰国予定と英メディアは報じている。

221021kmr_tr03.JPG

「最もセクシーな下院議員」と評判のペニー・モーダント下院院内総務(10月2日、筆者撮影)

そもそもジョンソン氏に100人の推薦人を集められるのか。党は空中分解、予算案や重要法案は造反で議会を通るかさえ分からない。インフレ、エネルギー危機、住宅ローン上昇、倒産、景気後退への懸念、年金危機、原則無償の国民医療サービス(NHS)危機と超難解な問題が山積する中、派手でパフォーマンス好きのジョンソン氏が果たして火中の栗を拾うのか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story