コラム

「勝利」どころか「戦争」も宣言しなかったプーチン...戦勝記念日に暴かれたロシア軍の実態

2022年05月10日(火)10時57分

110510kmr_uch02.jpg

HJSのオンライン報告会(筆者がスクリーンショット)

HJSのアリオナ・ヒルフコ戦略関係マネジャーは「おそらくプーチンは追加動員やウクライナでの次の動きについて大きな発表をすると多くの人が考えていた。キーウが核兵器を保有することを宣言したと言及することでウクライナに改めて核の脅しを加えようとしたのかもしれない」と言う。

しかしヒルフコ氏が注目するのは「空挺旅団がパレードに加わっていなかった」ことだ。「上空に戦闘機が見られなかった。戦闘機はどこに行ったと国民は疑問に思っている。戦艦はどこに行ったのかと。戦争は計画通りには進んでいない、最高のパレードでもなかったと。反体制派はこれが最後のパレードになると言っている」と指摘した。

ウクライナ出身のヒルフコ氏は同国で政治コンサルタントや選挙運動責任者、同国最高議会議員の首席補佐官を務め、2015年には地元ウクライナ西部チェルニヴツィの地方議員に選出されている。「ウクライナが第二次大戦で赤軍に属したり、ナチスに協力したりしたのはさまざまな帝国やより強力な国家の交差点にあり、歴史が交差していたからだ」と言う。

「1941年に招集されたウクライナ兵で45年まで生き延びたのは3%」

「1932~33年にソ連の独裁者ヨシフ・スターリンによる人工的な大飢饉(ホロドモール)を経験したウクライナにとってソ連もナチスドイツも邪悪で、どちらが良いか選ぶことはできなかった」。こう祖国の歴史を振り返るヒルフコ氏はウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がこの日を「ナチズムに対する勝利」と位置づけるのは正しいと強調する。

「なぜなら第二次大戦で800万人のウクライナ人が犠牲になった。50人に1人だ。1941年に招集されたウクライナ兵で45年まで生き延びたのはわずか3%だ。ウクライナが失った人口は死亡、避難、強制退去、強制収容所の犠牲者を含めると1400万人にのぼる。そうした史実は今日のロシアのプロパガンダのどこにも書かれていない」とヒルフコ氏は語る。

米ウイルソンセンター・ケナン研究所のイザベラ・タバロフスキー上級プログラム・アソシエイトは「プーチン氏は典型的なプーチン氏だった。誰もが期待するようなことは口にしなかった。プーチン氏が戦争を宣言し、大量動員するという話があった。それ以前には勝利を宣言するという話もあったが、そのどちらも行わず、期待を見事に裏切った」と分析する。

「注目すべきなのは、西側への罪のなすりつけが非常に顕著になり、ウクライナへの侵攻は(西側との衝突を回避するための)先制攻撃だと対独戦勝記念日に改めて公言したことだ。この戦争が先制攻撃であり、ロシアは敵に取り囲まれているというビジョンを最大化するようナラティブ(物語)を確立しようとしていることが鮮明になった」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

連邦政府の裁量的支出削減では債務問題は解決せず=F

ビジネス

米フォード、新車価格引き上げも トランプ氏の自動車

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 米関税で深刻な景気後退の

ビジネス

米国株式市場=急落、ダウ699ドル安 FRB議長が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 9
    あまりの近さにネット唖然...ハイイログマを「超至近…
  • 10
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 10
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story