コラム

英首相の「集団免疫」計画で数万人が犠牲になった──元側近が責任を追及

2021年05月27日(木)12時15分

ジョンソン首相は昨年9月、2度目のロックダウンが必要であるという勧告を拒否した。国境管理についても「基本的に首相は厳格な国境管理を望んでいなかった。首相は『ロックダウンはひどい間違い。厳格な国境管理は旅行業界を破壊する。サメの襲撃にもかかわらず海岸を開いたままにしておいた"米映画ジョーズの市長"になるべきだった』と話していた」

10月末に2回目のロックダウンに追い込まれた時もジョンソン首相は「ロックダウンよりも遺体が高く積み重なるのを見たかった」と漏らしたという。ジョンソン首相の十八番のブラックジョークをカミングズ氏があげつらっただけなのだろうか。

イギリスがカミングズ氏の言うように国境管理を厳格化し、ロックダウンを早め早めに発動していれば、そして公共空間でのマスク着用を徹底していれば犠牲者をもっと抑えられていたのは確かだ。しかしそれは承認までに10年かかると言われていたワクチン開発にわずか10カ月で成功した今だからこそ言える「イフ(if)」なのかもしれない。

ワクチンに賭けた首相の勝ち

カミングズ氏が官邸を去ってからジョンソン政権は一体感を増し、ワクチンの集団接種を始めるとともにEU側と離脱後の協定で合意した。そして先の統一地方選で圧勝し、10年政権に向けた政権基盤を強化した。15万人を超える犠牲を払いながら、ジョンソン首相は誰もが無理だと思っていたワクチンに賭けて勝利し、国民に安全と安心をもたらした。

政治とは結果である。ジョンソン首相率いる保守党は政党支持率で最大野党・労働党を10%ポイント以上引き離している。「タブロイド(英大衆紙)」が飛びつきそうなエピソードとバズワードを並べ立てたカミングズ氏の7時間にわたる証言は「負け犬の遠吠え」のように筆者の耳には響いた。証言はカミングズ氏の一方的な見方に過ぎない。

イギリス最大の失敗は何と言っても集団免疫に惑わされたこととEU離脱でコロナ対策に集中できなかったことに尽きる。集団免疫に関しては公衆衛生の専門家がジョンソン首相と共犯というより主犯に近いと言えるだろう。EU離脱はカミングズ氏が主犯で、ジョンソン首相は操り人形に過ぎなかった。そしてEU離脱はイギリスの有権者が選択した道なのだ。

ハンコック保健相の無能は誰しもが認めるところで、ジョンソン首相は自らの責任を問われた時の弾除けとして残しているだけなのかもしれない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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