コラム

英首相の「集団免疫」計画で数万人が犠牲になった──元側近が責任を追及

2021年05月27日(木)12時15分
ジョンソン英首相の元首席特別顧問ドミニク・カミングズ

英議会下院の委員会でジョンソン首相を批判したカミングズ(5月26日) Reuters TV/REUTERS

<新型コロナで15万人の死者を出した責任を問う英議会の喚問で、元側近の口から「ロックダウンより遺体の山のほうがましだ」などジョンソン首相のびっくり発言が次々と明らかに>

[ロンドン発]「ボリス・ジョンソン氏が首相の任に適さないため、数万人の命が不必要に奪われた」──新型コロナウイルス感染で15万2千人を超える欧州最大の死者を出した責任は誰にあるのかを問う英下院科学技術、保健ソーシャルケア合同委員会の喚問が26日行われた。ジョンソン首相と袂を分かった元首席特別顧問ドミニク・カミングズの口から爆弾発言が次々と飛び出した。

ワクチンの展開に成功し、死者は1日1人にまで減ったイギリスだが、感染力が英変異株より最大50%も強いインド変異株の流行で1日の新規感染者数は1週間で18%も増え、再び3千人を超えた。そうした中、カミングズ氏は喚問で「閣僚、官僚、私のような顧問は国民の付託に応えられず、災厄をもたらした。政府は失敗した」と犠牲者の遺族に陳謝した。

ジョンソン首相とともにイギリスの欧州連合(EU)離脱を主導し、かつて「影の首相」「怪僧ラスプーチン」と恐れられたカミングズ氏は首相に次ぐ実力者だった。しかし首相の婚約者キャリー・シモンズさんとそりが合わず、首相官邸人事を発端に情報漏えいの疑いを持たれ、昨年11月、官邸を追われた。政権の裏側を知る人物の証言だけに、注目が集まった。

想定外だったロックダウン

中国湖北省武漢市で新型コロナウイルスの感染爆発が起きた昨年1~2月、ジョンソン政権のキーパーソンは文字通り「スキーに出掛けていた」。首相はEU離脱と洪水で頭がいっぱいで、「2月最終週まで危機感はなかった。首相はコロナを単に怪談の類と受け止め、新しい豚インフルエンザ(2009年の新型インフルエンザ)で恐れるに足りないと説明した」。

インフルエンザを想定したイギリスのパンデミック計画は未知のウイルスには何の役にも立たなかった。中国のような権威主義的なロックダウン(都市封鎖)は個人主義が根付くイギリスにとって想定外の選択肢と当時は考えられていた。

イギリスが最初のロックダウンに追い込まれたのは昨年3月23日。カミングズ氏は「公式の計画とアドバイス全体が間違っていたのは明らかだ。3月最初の週にロックダウンすべきだった。私自身、緊急パニックボタンを押さなかったことを後悔している」。カミングズ氏は3月11日に、厳格な対策を取らないと医療崩壊が起きると警告を発したという。

その時、イギリス国内のコロナ死者は累計でもわずか7人だった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story