コラム

「黄色ベスト運動」がマクロン仏大統領に残した遅すぎた教訓 1%の富裕層より庶民に寄り添わなければ真の改革は進まない

2018年12月17日(月)10時34分

マクロン大統領の退陣を求める「黄色ベスト運動」の参加者(12月15日、筆者撮影)

[パリ発]燃料税引き上げを発端に毎週土曜日にフランス全土で吹き荒れた「黄色ベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」は5週目の12月15日、デモ参加者は初回28万2000人の4分の1未満の6万6000人にとどまり、ようやく鎮静化に向かった。

燃料税引き上げの見送りに続いて、エマニュエル・マクロン大統領は同月10日、国民に向けたTV演説で「多くの国民が共有する怒りを忘れない」と責任の一端を認め、最低賃金の引き上げや税・社会保険料の緩和を打ち出し、低所得者や貧困層への配慮を示した。

しかし、デモ参加者を上回る機動隊6万9000人を動員して「黄色ベスト運動」を寸断し、催涙ガスと放水車で追い散らしたと表現した方が正確なのかもしれない。それともクリスマスを控え、庶民(ノン・エリート)たちは日常生活に戻るため一時休戦しただけに過ぎないのか。

kimura20181217101102.jpg
催涙ガス銃を構え、デモ参加者を威圧する機動隊(筆者撮影)

トップ1%の富裕層に有利

パリのサン・ラザール駅やオペラ座で抗議デモへの参加者の声に耳を傾けると、深刻な政治不信が浮かび上がってくる。

極右政党・国民戦線(現・国民連合)が1983年に初めて市議会で第1党になったドルーからやって来た小学校の女性教員アニェス・クィエさん(55)は語る。

「私の学校はとても貧しい地域にあります。子供たちが月末になると『先生、お腹が空いたよ』と訴えてきます。家でご飯を食べることができないのです。学校に着てくる服も毎日同じ。これではひどすぎます」

アニェスさんの子供はパリの大学生だが、生活費は高い。家計の可処分所得が目減りして、「黄色ベスト運動」で社会矛盾が一気に噴き出した格好だ。

「黄色ベスト運動に参加するのは本当の民主主義を私たちの手に取り戻すためよ。最低賃金の引き上げはトリックに過ぎない。マクロンは庶民のポケットにお金を入れるフリをして、違うポケットから持っていくだけなの」

マクロン大統領にとって初となる2018年予算で投資促進策の目玉として130 万ユーロ超の純資産保有者に課されていた 0.5~1.5%の連帯富裕税が廃止された。その代わり不動産税が導入されたものの、多額の金融資産を有する富裕層への優遇措置だと厳しく批判されている。

フランスのシンクタンク、公共政策研究所(ipp)が「18年予算の勝者と敗者」を調べたところ、中間層は若干得をする一方、貧困層の購買力は悪化していた。一番得をしたのは連帯富裕税が廃止され、可処分所得が6%近く増えたトップ1%の富裕層だったのだ。

kimura20181217101104.jpg
オペラ座前に座り込んでマクロン大統領に抗議する「黄色ベスト運動」の参加者(筆者撮影)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    日本では起こりえなかった「交渉の決裂」...言葉に宿…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story