コラム

トランプがメルケルに冷たいワケ ギクシャクする米独関係

2017年03月21日(火)06時00分

国防費以上にトランプが問題視しているのが、アメリカの対ドイツ貿易赤字であるのは言うまでもない。米国勢調査局データをもとに貿易赤字のグラフを作ってみると、1993年のEU発足、99年に単一通貨ユーロが決済用仮想通貨として使われるなど、EU統合が進むにつれ、アメリカの対ドイツ貿易赤字が膨れ上がっている。

boueki.jpg

理由は簡単だ。旧東欧・バルト三国などEU新規加盟国の低賃金労働者が豊富に使えるようになり、ユーロ圏にギリシャやキプロスが参加、ドイツ経済の実力に比べ常に通貨安の状態(「過小評価された暗黙のドイツマルク」米国家通商会議トップのピーター・ナバロ氏)を享受できるようになったことにある。

【参考記事】平和の調べは届くのか アメリカが欧州に突きつけた最後通牒

トランプ政権はアメリカ経済低迷の原因を中国の世界貿易機関(WTO)加盟とEU統合にあると見ているふしがある。低価格の製品を輸入すればするほどアメリカ国内の工場で働く労働者の賃金は下がり、工場が閉鎖され、仕事を失う人も出てくる。こうした経済的・社会的弱者により大統領に選ばれたトランプはおいそれとメルケルに優しい顔を見せるわけにはいかないのだ。

トランプがメルケルに親近感を示したのは1度だけ。米民放FOXニュースの法律専門家が「オバマ大統領はイギリスのGCHQ(政府通信本部)を(トランプを盗聴するために)使った」とコメントしたことに関連して、「おそらく私たちには1つだけ共通することがある」と発言した。オバマ政権がメルケルの携帯電話を盗聴していたことを引き合いにだしたのだ。

オバマと和解したメルケルにとっては済んだ話を蒸し返されて、いい迷惑だった。

2つの顔を持つトランプ

米有力シンクタンク、ブルッキングス研究所のジョナサン・ポラック上級研究員は「トランプの好き嫌いははっきりしている。メルケルとトランプの関係は快適なものとは言えないだろう。しかしトランプに会った多くの人が示唆していることだが、プライベートのトランプは非常に上品だそうだ」と筆者に解説する。

john.jpg
米ブルッキングズ研究所のポラック上級研究員 Masato Kimura

「プライベート・トランプとパブリック・トランプは全く別の顔を見せている可能性があるため、共同記者会見からすべてをうかがい知るのは難しい」。確かにトランプは写真撮影の時間が終わったとたん、メルケルに気遣いを見せていた。「トランプ・パズルだ」とポラック上級研究員は肩をすくめた。

トランプは2つの顔を持っているようだが、国防・安全保障の応分の負担、貿易赤字の解消という2つの大きな問題が解消されない限り、トランプ・メルケル関係の改善はあり得ないだろう。EU統合の純化を目指すメルケルと、経済統合の緩和を求めるトランプの利害は完全に対立しているからだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story