コラム

シリアからのサプライズ撤退を発表したプーチン大統領の権謀術数 ターゲットはメルケル独首相だ

2016年03月16日(水)15時10分

シリアからの撤退は四面楚歌のメルケル懐柔策? Maxim Shemetov- REUTERS

 3月14日、ロシアの大統領プーチンが突如としてシリアから撤退を始めるようロシア軍に命令した。昨年9月末、窮地に追い込まれたシリアの大統領アサドを助けるためロシアは空爆を開始した。ターゲットは過激派組織ISではなく、アサド政権を追い込んだ反政府勢力。息を吹き返したアサドは一時停戦の発効で体制の存続が保証されたかたちとなり、プーチンは所期の目的を達成した。

【参考記事】シリア空爆の深遠なる打算

 戦略家プーチンはロシア抜きでは何も始まらないという現実を米大統領のオバマら欧米の政治指導者に見せつけ、ロシア海軍の補給地タルトゥス港やラタキア空軍基地といったシリア国内の軍事的要衝を確保した。シリア空爆はロシア軍需産業のショーケースにもなったはずだ。それにしてもプーチンはなぜ、このタイミングで撤退を発表したのだろう。オバマへのメッセージか。それとも、13日にドイツの3州で行われた州議会選挙で難民への門戸開放で有権者から厳しい審判を受けた独首相メルケルへの心理作戦か。

プーチンの狙いはウクライナ

 プーチンの最終ゴールは言うまでもなくウクライナ危機をめぐる経済制裁の解除である。そりの合わないオバマより、ロシア語でプーチンとコミュニケーションが取れるメルケルがそのカギを握る。メルケルを陥落できれば、オバマも制裁解除に傾く可能性が大きくなる。プーチンはこれまでメルケルと会談する際、メルケルが嫌いな犬をそばに控えさせるなど、常に心理ゲームを仕掛けてきた。停戦直前の「駆け込み空爆」にはアサド政権の優勢をさらに確実にする目的以上に、ロシアは難民を大量に発生させるカードを持っていることを示す思惑もあったに違いない。

【参考記事】ウクライナ問題、「苦しいのは実はプーチン」ではないか? 

 四面楚歌のメルケルにとって、プーチンの撤退発表は唯一と言っても良いグッドニュースだ。もし一時停戦が反故にされたら、メルケルが取りすがる蜘蛛の糸がプツリと切れてしまう。プーチンはそんな心理効果を狙っているように筆者の目には映る。

【参考記事】メルケルを脅かす反移民政党が選挙で大躍進

 反ユダヤ主義政策を実行したナチスが第二次大戦を引き起こした状況と異なり、70年以上前にはヒトラーと戦った米国や英国で皮肉にも反移民・反難民という排外主義が台頭している。米大統領予備選で反移民・反イスラムを公言する不動産王ドナルド・トランプが共和党の首位を走り、英国の欧州連合(EU)国民投票では離脱派と残留派が49対51で大接戦を繰り広げている。EU離脱派を後押しするのは移民や難民への警戒心だ。自分で国民投票を呼びかけた英首相キャメロンは今、火消しに躍起になっている。そして、ドイツでもシリア危機で昨年110万人の難民が押し寄せたことで排外主義が一気に高まった。

ドイツ3州議会選の増減.png

ヨーロピアン・ソリューションを

 ドイツの3つの州議会選の結果が何を物語るのかを、正確に理解するために独公共放送ARDのデータをもとに得票率の増減グラフ(上)を作ってみた。一番大きな特徴は、反移民を掲げる新興政党「ドイツのための選択肢」(グラフ右側の濃青色のグラフ)が歴史的な躍進を遂げたことである。もともと「ドイツのための選択肢」は欧州債務危機の際、単一通貨ユーロの構造的な欠陥を指摘し、ユーロ解体を主張していたが、今では欧州統合の「移動の自由」がもたらした移民や難民の拡大に異を唱え、支持者を急激に増やしている。先の大戦以来、ドイツで右派政党が躍進するのは初めてのことだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 10
    バカげた閣僚人事にも「トランプの賢さ」が見える...…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story