コラム

米経済は「軟着陸」が見えてきた...利下げは日経平均にもプラスだが、これから最大の波乱要因が

2024年10月02日(水)18時07分
FRBパウエル議長の利下げ決断の背景にあるもの

TOM BRENNER-REUTERS

<これまで金融正常化に向けて金利の引き上げを進めてきた米FRBが、利下げを決断した背景にあった米経済の事情と、これによる日本経済への影響を見通す>

アメリカの金融政策が転換点に差しかかっている。同国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備理事会)は、量的緩和策によって肥大化したバランスシートを縮小し、金融政策を正常な状態に戻すため、金利の引き上げを進めてきた。

利上げが始まる直前の2022年2月時点における政策金利は0.25%だったが、当初は0.75%という思い切った幅で利上げを進め、23年7月には5.5%まで上昇。これによって長期金利も上昇傾向が顕著となり、10年債の利回りは一時、5%を超えた。


利上げのペースが急ピッチだったことから、景気の腰を折るのではないかとの懸念の声が市場から寄せられたが、FRBのジェローム・パウエル議長は全く気にせず利上げを進めてきた。

それでもアメリカの景気が好調だったことに加え、量的緩和策による大量の貨幣供給と原油価格高騰に伴うコスト上昇という2つのインフレ要因が重なったこともあり、物価はなかなか沈静化しなかった。

市場関係者は利上げと聞くと条件反射的に「株価が下がる」「景気が悪くなる」といった反応を示すことが多いのだが、22年6月における消費者物指数は9%を超える状況だった。これは生活実感としても相当なインフレであり、そもそも物価が10%近くも上がっているのに、金利が2%台というのはマクロ経済の原理原則としてあり得ない。

FRBパウエル議長による利上げは正しい決断だった

中央銀行の役割が物価の安定であるという現実を考えた場合、パウエル氏の決断は完璧に正しかったといえるだろう。23年以降、利上げが相応の効果を発揮し始め、物価上昇率が徐々に鈍化。24年に入ってからは3%台が定着するようになり、直近の8月は2.5%まで下がった。

物価だけでなくFRBが重視する失業率にも変化の兆しが見え始めている。パウエル氏は失業率が上昇しない限り、物価が抑制されたとは考えないという趣旨の発言を行ってきた。連続して利上げを実施してきたにもかかわらず、失業率は低い水準が続き、これが利上げ継続の根拠となってきた。

だが5月に入ってからは恒常的に4%を超えるなど状況は変わりつつある。

今のところアメリカ経済は景気が失速したというほどではないが、本来、中央銀行は景気や物価の動向に先んじて動くべき存在であり、その点からすれば、そろそろ金融政策を転換すべき時期が来ているのは間違いない。

今回、FRBは0.5%の利下げを決断し、年内にも再度の利下げが予定されている。今回の決定を受けて、ダウ平均株価が最高値を更新するなど市場は好感しているようだ。利下げが数回程度で収まり、株価も堅調に推移すれば、アメリカ経済が軟着陸できるシナリオが見えてくる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米南部の車突入、単独犯 「ISに触発か」=FBI

ワールド

ロシア西部クルスクの軍司令部に高精度攻撃、ウクライ

ワールド

シリア暫定政権閣僚がサウジ訪問、初の外遊 政治移行

ビジネス

ECB政策金利、秋までに2%に達する公算=ギリシャ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に突き落とした「超危険生物」との大接近にネット震撼
  • 2
    「これが育児のリアル」疲労困憊の新米ママが見せた赤ちゃんハプニングが話題に
  • 3
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを拒否したのか?...「アンチ東大」の思想と歴史
  • 4
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 5
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 8
    中高年は、運動しないと「思考力」「ストレス耐性」…
  • 9
    ロシア軍の「重要」飛行場を夜間に襲撃...ウクライナ…
  • 10
    「少数与党」でモヤモヤする日本政治だが、そのしな…
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 3
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 4
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強…
  • 7
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 8
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 9
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 10
    流石にこれは「非常識」?...夜間フライト中に乗客が…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story