コラム

まるでビジネスドラマ...日本の製造業「最後の至宝」の元社長を招聘した台湾ホンハイの真意

2023年02月14日(火)19時08分
鴻海EV事業トップに招かれた関潤氏

KIM KYUNG HOONーREUTERS

<鴻海(ホンハイ)がEV事業トップに招いたのは、日本電産の元CEOで、創業者・永守重信氏に「切り捨て」られた関潤氏だった>

台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は、日本電産社長を事実上、解任された関潤氏(写真)をEV事業トップに招く人事を発表した。

日本電産はカリスマ経営者と呼ばれる永守重信氏が強烈な個性で業績を伸ばしてきた企業である。関氏は永守氏が後継者候補として三顧の礼で迎えた人物であり、市場は関氏が同社のトップを継承すると考えていた。多くのメーカーが没落した日本にとって、同社は日本の製造業の未来を担う数少ない企業の1つといってよい。

一方、鴻海精密工業は中華圏を代表するメーカーの1つであり、日本電産にとっては最重要顧客に相当する。一連のゴタゴタは各方面に大きな影響を与えそうだ。

関氏は以前、日産自動車のナンバー3を務めていたが、2020年、永守氏が口説き落として同社に迎え入れた。当初、両氏は蜜月関係にあったが、22年春に関氏が降格となり、永守氏がCEO(最高経営責任者)に復帰する人事が発表されたことで溝があらわになった。

関氏はその後も社内にとどまっていたが、対立は解消せず、永守氏が公の場で関氏を罵倒することもあったとされる。22年9月に関氏は退任。市場では同社の経営を引き継げる人物は関氏しかいないとの認識で一致していたこともあり、同社の株価は下がる一方となっている。

ドラマ的な面白さだけではない重要性

その関氏が、何と日本電産の最重要顧客である鴻海精密工業のEV事業責任者に就任することになった。EV向けの部品は、今後、日本電産が主力と位置付ける分野であり、収益の柱となる可能性が高い。

一方、現時点においてiPhoneなどの製造請負を主力事業とする鴻海は、急ピッチでEV事業へのシフトを進めており、日本電産から大量の関連部品を購入する可能性が高い。社長としての仕事ぶりが不満で更迭した人物が、何と、同社の未来を左右する最重要顧客の責任者になってしまったのだ。

経営者の人物ドラマとして非常に興味深い出来事といえるが、今回の一件に関して市場がざわついているのはそれだけが理由ではない。鴻海にとってEVは今後の中核事業であり、その延長線上において、日本電産という企業そのものに並々ならぬ関心を寄せていると噂される。

鴻海のトップである郭台銘(テリー・ゴウ)氏は勇猛果敢な経営者として知られ、欲しいものには資金を惜しまない。同社はかつてシャープを買収した過去があり、今回の人事によって日本電産への野心があらわになったとみる市場関係者は少なくない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story