コラム

トランプ政権誕生で2017年は貿易摩擦再来の年になる?

2017年01月10日(火)17時24分

 ロス氏もナバロ氏と共にトランプ政権の経済政策立案に深く関与しており、貿易不均衡を是正することで経済成長を実現できるという論文を共同で執筆するなど、立場的に非常に近い関係にある。

 通商政策の司令塔である国家通商会議と、通商政策の実務を担当する商務省のトップに、共に輸出振興策を唱える人物が就任するというあたりにトランプ政権の特徴が凝縮されている。

 一連の布陣で見えてくるのは、やはり中国を念頭においた貿易不均衡の是正ということになるだろう。米国の貿易赤字はピーク時には年間8000億ドルを超えていたが、現在は5000億ドル程度まで縮小している。だが対中国の貿易赤字は3300億ドルと全体の約7割を占めており、しかも赤字幅は年々増加している状況だ。

 貿易黒字の拡大が経済成長に寄与するのかという点について主流派の経済学は否定的であり、クリントン政権で財務長官を務めたローレンス・サマーズ氏は、ロス氏やナバロ氏の主張について「まやかしである」と強く批判している。だが、両氏が通商政策のトップに就任するからには、中国に対して何らかの貿易不均衡是正を求めていく可能性は高い。

【参考記事】中国人はトランプ米大統領誕生の意味をまだわかっていない

トランプ主義が逆に中国企業のグローバル化を促す可能性も

 貿易不均衡の是正といえば、1980年代に起こった日本と米国の貿易摩擦が頭に浮かぶ。貿易交渉の実務を担当するUSTR(米通商代表部)代表にはロバート・ライトハイザー氏の就任が予定されているが、彼はレーガン政権当時、USTR次席代表として対日貿易交渉にあたった実務家である。その後は鉄鋼業界のためにロビー活動を行い、中国製品に対する関税適用を強く主張してきた。

 これらを総括すると、トランプ政権は、中国に対してかつての日本と同じような要求を突きつける可能性が高い。具体的には、制裁発動をチラつかせた上での輸出自主規制の要求、米国製品の輸入枠の確保、米国製部品購入の義務付け、現地生産の強化といったところである。もう少し大きな枠組みとしては、中国に対する内需拡大策の要請なども考えられるだろう。場合によっては、前川レポート(日本の内需拡大策について首相の諮問機関が取りまとめた報告書)の中国版が中国で出てくることになるかもしれない。

 もしこれらが現実のものとなった場合、果たして中国はどのような対応を見せるのだろうか。歴史は繰り返すのだとすると、中国企業はかつての日本企業と同じ選択をする可能性が高い。

 当時の日本企業は、米国からの政治的圧力を受け、自動車輸出台数の自主規制を行うとともに、米国での現地生産化を積極的に進めることで摩擦を回避した。現在、日本の自動車メーカーの多くが生産拠点を海外にシフトしているが、現地生産を本格化し、グローバル経営に乗り出すきっかけとなったのが、米国との貿易摩擦であった。

 中国企業が同じ選択をした場合、米国における現地生産の比率が一気に拡大し、中国経済は輸出主導型から内需中心型へシフトすることになる。トランプ氏の保護主義的なスタンスが、内向的だった中国企業を逆にグローバル化させる可能性も十分に考えられる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

円建てシフト継続、市場急変には柔軟対応=朝日生命・

ビジネス

スイス中銀、投資方針巡り環境団体が抗議

ビジネス

トヨタ系部品各社、米関税の業績織り込みに差 デンソ

ビジネス

アングル:外需に過剰依存、中国企業に米関税の壁 国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story