コラム

最低賃金のアップは低所得層ではなく中間層に恩恵?

2016年08月09日(火)17時23分

Cristian Baitg-iStock.

<安倍政権が最低賃金の24円引き上げを経済対策に盛り込んだが、低所得層を支援し、消費の拡大につなげようという目論見は外れるだろう。なぜなら、最低賃金で働く労働者は低所得層ではないからだ>

 安倍政権は2日に閣議決定した総額28兆円の経済対策に、最低賃金の引き上げを盛り込んだ。低所得層を支援し、消費の拡大につなげようという目論見である。最低賃金を経済対策として見た場合、どの程度、効果があるのだろうか。

最低賃金が700円以下の地域は消滅する

 厚生労働大臣の諮問機関である中央最低賃金審議会は7月28日、最低賃金の目安について、全国平均で24円引き上げ822円とした。24円の引き上げは2002年度以降ではもっとも高い水準。政権からの強い要請を受け、大幅な増額に踏み切った。

 安倍政権は何度も賃上げを財界に要請するなど賃金アップにこだわってきた。その理由は、アベノミクスのスタート以後、物価が上がって生活が苦しくなったという声が数多く聞かれるようになったからである。厚生労働省の毎月勤労統計によると日本の労働者の実質賃金は5年連続でマイナスを記録している。量的緩和策で円安が進み輸入物価が上昇したものの、賃金上昇が追い付いていないことが主な原因である。

【参考記事】黒人を救うには最低賃金を廃止せよ

 財界は春闘のたびに賃上げを受け入れてきたが、賃上げの対象となるのは、経営体力のある大手企業の正社員に偏りがちである。安倍首相が最低賃金の上昇にこだわったのは、低所得層にも賃上げの恩恵を波及させるためである。

 最低賃金とは、最低賃金法に基づき事業者が従業員に支払う最低限度の賃金のことを指す。最低賃金の額については、地域によって物価など生活環境が異なっているので、原則として都道府県ごとに決定される。厚生労働省の審議会は目安となる水準を決める役割を担っており、この結果をもとに都道府県の審議会が最終的な金額を決定する。

 現在の最低賃金は全国平均で798円、もっとも高い東京は907円、もっとも安い沖縄や宮崎などでは693円となっている。全国平均は24円引き上げられて822円となり、各地域もこれを目安に引き上げが検討される。各地域の金額が最終的にいくらになるのかはまだ分からないが、今回の引き上げによって700円以下の地域は消滅する可能性が高い。

最低賃金アップの経済効果は大きくない

 安倍政権では、最低賃金の引き上げについて、社会政策ではなく経済政策として位置付けている。28兆円の経済対策の一環として打ち出したことからもその意図は明らかである。では最低賃金の引き上げを経済政策と捉えた場合、どの程度の効果があるのだろうか。

 内閣府の推計によると、最低賃金付近(最低賃金プラス40円以下の時給)で働く労働者は約500万人となっている。1日の労働時間を8時間とすると年間では1920時間となり、すべての時給が24円上昇するということになれば、総額では約2300億円の賃金が追加で支払われることになる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story